逆プロポーズした恋の顛末
「本当に、今日二人にお会いできてよかったわ」
玄関先までわたしたちを見送ってくれた夕雨子さんは、ホッとしたような笑みを浮かべていた。
これでもう心残りはないと言わんばかりの彼女に、どうしても引っかかるものを感じ、つい訊ねてしまう。
「あの……入院先は、面会可能なんですよね?」
「ええ。でも、面会希望は基本的には断ってもらうつもりよ。来ていただいても、たぶんお話できる状態ではないだろうし。入院すること自体、息子以外には知らせていないの。秘密にしているわけではないけれど、自分からわざわざ言うようなことでもないでしょう?」
「つまり、息子さん以外は、夕雨子さんがどこにいるのかもわからず、面会もできない……」
「ええ。そもそも、面会に来てくれるような家族はいないもの。息子に話したのも、いろいろな手続きのために、しかたなくよ」
立見家は、家族仲が良好ではなさそうだと察していたものの、まさかそこまでとは思っていなかったので、驚いた。
「律さん。わたしは『なくてはならない存在』に、なれなかったのよ。むしろ、『いなくなってほしい存在』だった。それが事実なの」
穏やかな表情で、もう諦めはついていると言って、夕雨子さんは大人しくわたしたちの会話が終わるのを待っていた幸生の頭を優しく撫でる。
「幸生くん。パパとママの言うことをよーく聞いて、立派なお医者さんになってね?」
「うん! なるよ! だから、ゆーこちゃんも、おじいちゃん先生と仲直りしてね?」
幸生が出した交換条件に、夕雨子さんは「できない」とは言わなかった。
その代わり、儚い笑みと共に呟いた。
「……そうね。いつか、そんな日が来るといいわね」