逆プロポーズした恋の顛末
午来弁護士はそう呟くと、前を見据えたまま、彼と夕雨子さんが親しい理由を明かしてくれた。
「実は、夕雨子さんとは、尽より先に出会っているんです。わたしの父も弁護士だったんですが、夕雨子さんが離婚する際、諸々の手続きや財産分与などをお手伝いさせていただいたんですよ。その後も父にいろんな相談をされていたようです」
「そうだったんですね……」
「でも、わたしが大学在学中に父が亡くなって、抱えていた顧客は父の友人知人の弁護士たちに、それぞれ引き継がれました。だから、彼女ともそれきり、縁が切れてしまったんです。ところが四年前、母からわたしが弁護士になったと聞いたと言って、突然事務所に現れて、あなたの件を依頼されたんです」
「つまり、夕雨子さんのことは、よくご存じ……だと?」
「ええ。尽よりも」
「所長……大鳥先生よりも?」
午来弁護士は、一拍間を置いて、「ある意味では」と呟いた。
そんな彼の意見を訊きたくて、ずっと抱いていた疑問をぶつける。
「夕雨子さんが一番謝りたい相手は、所長だと思いませんか?」
「……そうだとしても、夕雨子さんは会うことを望まないでしょうね」
「後悔するとわかっていても?」
わたしの問いに、午来弁護士は大きく頷いた。
「父のところへ離婚の相談に来ていた時、母ともよく話をしていたそうで……『手を握るのも、手を離すのも、どちらも愛情だから』、そう言っていたと聞きました」
「…………」
「どんなに正しいことでも、それが相手の幸せにつながらないのなら、無理に押し通す意味はない。振り返り、後悔する時間がもう残っていないなら……ただ心穏やかに過ごしたい――そう望む気持ちを否定することはできないんじゃないでしょうか?」
「……そう、かもしれませんね」
「時には、善意が相手を苦しめることもある。相手のためにと思ってしたことが、逆に相手を傷つけてしまうこともある」
耳の痛い話だった。
時間に追われ、自分の都合を優先し、幸生の気持ちを尊重しきれずに、待ってあげられないことが度々ある。
「自分の想いや考えを捨て去って、ただ純粋に相手の心に寄り添うのは……とても難しい。そう思います」
「そう……ですね」
「何が、どうすることが、正しかったのか。その答えがわかるのは、すべてが過ぎ去ったあとなのかもしれません」