逆プロポーズした恋の顛末
キスの先をしたいと言った覚えも、わたしの家に来てもいいと言った覚えもない。
けれど、気がついたら、タクシーに乗っていて、手を握り合っていて、あっという間にボロいアパートの狭い部屋に辿り着いていた。
玄関でまともに靴を脱ぐことすらできず、もつれあうようにしてベッドへ直行する。
わたしを組み敷いて、Tシャツを脱ぎ捨てた彼の身体は、見惚れてしまうほど完璧だ。
――完璧すぎて、畏れ多い。
「ねえ……本気?」
「いまさら訊くのかよ?」
「でもね、わたしアラサーで……」
「だったら何だってんだ?」
「いや、あのね、」
「性欲に、年齢なんか関係ねーだろ。男と女ってだけで、十分だ。それに……いまさら、やめられるわけねーだろ」
そう言う彼の表情には、どことなく自嘲が滲んでいる。
間近に覗く瞳には、あからさまな欲望と哀しみや痛みが同居していた。
――誰かに傍にいてほしい。抱きしめてほしい。
そんな自分の本音が、そこに映し出されている気がした。
お酒も飲めないのに、彼が『Adagio』にいたのは、たとえ雰囲気だけでもいいから酔ってしまいたくなる何かがあったから。
言葉では吐き出せないからこそ、身体で吐き出す必要がある。
そうすることがまちがっていると言えるほど、清廉潔白な人生は送っていなかった。
「……同感だわ」