逆プロポーズした恋の顛末
「ところで、午来さんはどうしてこちらへ? 尽は、当直で留守だと知っていたんですよね?」
「それは……」
尽の許可なく、わたしを彼女に紹介することにためらう彼が、適当な言い訳を口にしかけた時、幸生が目を覚ました。
「ママ……?」
ひとつあくびをし、ぐるりと周囲を見渡して、にっこり笑う。
「パパのおうち、着いたんだね!」
「う、うん」
視界の端に、彼女の顔が強張るのが見えた。
普通にしていれば、まだごまかせたかもしれない。
けれど、幸生の笑顔は尽にそっくりだ。
「その子は……」
午来弁護士も、さすがにもうごまかせないと思ったのだろう。
わたしたちを彼女に紹介した。
「尽の子で、幸生くん。母親は、こちらの律さんです」
「尽の子……」
茫然とした様子で呟いた彼女は、首を振る。
「……そんな話、尽から聞いていないわ」
「いろいろ事情があって、尽もつい最近幸生くんの存在を知ったばかりなんですよ。二人は、この連休を利用して遊びに来ていて、尽の部屋に滞在しているんです」
「……いくつ、なの?」
彼女の小さな声を拾った幸生は、自信満々に指を立てて答える。
「三歳!」
幸生の年齢で何かを思い出したのか、彼女の顔に自嘲の笑みがひらめいた。
「三歳……そういうこと……」
「あの、尽は明日の昼頃に帰宅すると言っていました。特に出かける予定も立てていないので、その頃にお越しいただければ、会えると思います」
積極的に彼女と尽を会わせたいと思っているわけではないが、彼の友人を門前払いする資格も権利もわたしにはない。
そう考えてのことだったが、彼女は微笑みながら断った。
「いえ、医師としての話を部外者に聞かせるわけにはいかないですし、家族団らんをお邪魔してもいけないので、彼とは別の場所で会うようにしますね?」
「…………」
その口調、目が笑っていない微笑み、歪んだ唇が、友好的とは言い難い感情を伝えている。
ホステス時代、張り合おうとする同僚に陰でイヤガラセをされたり、あからさまな敵意を向けられたり、というドロドロした女の闘いは何度も経験した。
だから、ショックではなかった。
が、久しぶりに遭遇した生々しい感情に戸惑ってしまう。
「午来さん、今度は本物の奥様と息子さんに会わせてくださいね? では……失礼します」
丁寧なお辞儀をした彼女は、背筋を伸ばし、ハイヒールを鳴らしてエントランスを出て行った。