逆プロポーズした恋の顛末
確かめようにも、すでに車は走り去り、追いかけることもかなわない。
きっと、見まちがいだ……なんて思えるわけがなかった。
走り去る車のナンバープレートにあった数字の羅列は、尽の車のものと同じだ。
心臓が、バクバクと鼓動を速め、情けないことに足が震える。
立て込んでいた仕事が、偶然早く終わったのかもしれない。
車に二人で乗っていたのだって、もともと友人同士なのだし、単純に送っていただけ、ということもあり得る。
だから、大げさに騒ぎ立てるようなことではなくて……。
必死に自分に言い聞かせていたら、ぐいっと手を引かれた。
「ママ! 青になったよ?」
「え? あ、本当ね」
歩行者用の信号が青に変わっているのを見て、慌てて幸生の手を引いて歩き出す。
道幅の広い道路だけれど、インジケーターはまだ半分ほど残っているから渡り切れる。
そう思った時、誰かの「危ない!」という叫び声を聞いた気がした。
普段だったら、もっと早く異変を察知できたかもしれない。
けれど、さっき見た光景に動揺していたせいで、判断力や注意力が鈍っていたのだと思う。
気がついた時には、横断歩道の前できちんと停まっていたはずの車がすぐそこに――幸生の目の前に迫っていた。
「――っ!」
悲鳴を上げたつもりが、声にならなかった。
咄嗟に幸生を抱き寄せた身体に衝撃を感じ、聞こえていたはずの音が消える。
わかるのは、しっかり腕に抱いている幸生のことだけ。
再び音を取り戻した耳が、まっさきに捉えたのは幸生の泣き声だ。
ぼんやりとした頭で、多くのひとがわたしたちを取り囲んでいるのを感じ取る。
走り回るひとの足音、怒鳴り声、そして……こんなところで聞こえるはずのない声がした。
「伊縫さん……律さんっ!」
「…………」
目を開け、何とか焦点を合わせようと顔をしかめる。
「ここから、直接病院へ搬送しますから、もう少し我慢してください。幸生くん、おいで。ママは大丈夫だから。すぐに、お医者さんに見てもらえるからね?」
「……ら、い……」
泣き叫ぶ幸生を宥め、わたしの腕から引き離したのは、つい昨日会ったばかりの午来弁護士だった。
――彼がいてくれるなら、幸生は大丈夫。
ホッとして、そのまま何もわからなくなった。