逆プロポーズした恋の顛末
驚いたのは、所長と彼の繋がりを知ったわたしだけでなく、尽もだ。
理由は、まったく異なるけれど。
「村雲部長。現在、俺の上司は内科部長の横沢先生のはずですが……?」
「横沢は、俺の後輩だ。言うこと聞くに決まってる。しかも、こっちが手塩にかけて育てた新米外科医を譲ってやったんだ。大きな貸しがあるんだよ。おまえもだぞ? 俺が貴重な時間を削って伝授してやった数々の手技、サビつかせようものならタダじゃおかない。これからも、忘れないよう助手に指名してやるからな。感謝しろよ?」
「……感謝してますよ」
はぁ、と溜息を吐いた尽は、どこか遠くを見るような目つきをしていた。
「ちなみに、さっき大鳥先生に連絡したら、飛んで来ると言っていた」
「えっ!? でも、診療所が……」
情に篤い所長のことだ。きっと、わたしが事故に遭ったと聞いたら、心配するだろうとは思ったけれど、仕事を放り出して来るなんて、考えられない。
連休中、診療所自体は休診にしているが、所長は町を離れるつもりはなかったはずだ。
しかし、そんなわたしの懸念を村雲先生はあっさり晴らす。
「連休中、常連さんが診察してほしいと連絡して来たら、たいていは茶飲み話に付き合ってくれという意味だし、万が一急病人が出たとしても、重篤な症状であれば隣町の総合病院へ搬送するしかない。その場で処置できるものだけ対応すればいいと言うんで、俺が代理を務めることにした」
「え?」
「は?」
「数年ぶりに連休を取ったんだが、久しぶりすぎて休日の過ごし方が思いつかなかったから、ちょうどいい。新しく雇い入れた事務員に、カルテの見方など優しく指導してやってくれとも言われたし。大鳥先生が言うには、絶世の美女らしい」
(絶世の美女? 山岡さんも所長も、そんなこと言ってなかったような……)
おそらく、わたしの後任として雇った元事務員のことだと思われるが、彼女について「絶世の美女」なんていう情報は耳にしたことがなかった。
耳にするのは、「気立てがいい」とか「明るくて笑顔がカワイイ」とか「空手は黒帯」だとかそんな情報ばかりだった。
首を傾げるわたしの傍で、彼女を知るはずもない尽がなぜかニヤリと笑う。
「へぇ……楽しみですね?」
「ああ。いつまでも、離婚を引きずってクヨクヨしてても、しようがない。新しい出会い、新しい恋、新しい人生を謳歌するぞ!」
そう宣言する様子は、カラ元気のような気もしなくもなかったが、一度は生涯を共にしようと決めた相手と離婚したのだ。きっと、ひと言では言い表せない複雑な感情が絡み合っているものと思われる。
初対面で、踏み込める領域ではない。
「小さい町ですけれど、住民はみんな優しいですし、海も山もあって景色も素晴らしいですし、いい気分転換になると思いますよ」
「そう聞いてるよ。もしかしたら、大鳥先生の跡を継いで、そのままあっちに移住するかもしれない。そうなったら、院長にはよろしく言ってくれな? 尽」
「わかりました」
「お大事に~」
すっかり上機嫌の村雲医師は、鼻歌を歌いながら出て行ってしまった。
「なんて言うか……面白い部長さんね?」
「我が道を行きすぎてて、周りが置いてけぼりを食らう」
「でも、部長になるくらいだから、優秀なお医者さまなんでしょう?」
「何でもこなせる器用な人だ。明日からジイさんの跡を継ぐのも、ワケないだろ」
「でも、どうして笑ったの?」
「ああ、それは……ジイさんの思惑にまんまと嵌められたことに気づいてないからだ」
「所長の思惑?」
「ジイさんが新しく雇い入れた事務員は、律の前に働いていた人物だろ?」
「そうだけど……?」
「彼女は、村雲部長が別れたばかりの元妻だ」
「…………」