逆プロポーズした恋の顛末
これで、もう二度と彼女には会えない。
そう思ったら、胸が詰まり、声が出なくなる。
事情を知らない尽は、夕雨子さんと吉川さんの繋がりを不思議に思ったようだ。
「午来。吉川って、あの『鬼軍曹』だよな?」
「ああ。退職後、夕雨子さんのお世話をしていたんだよ」
「お世話?」
「詳しい理由は、話せない。どうしても訊きたければ、院長から聞いてくれ」
「……オヤジ?」
「彼が全部知っている」
尽は、きっぱり拒否する午来弁護士に、渋々「わかった」と呟く。
「で、どうして、律がバアさんと知り合いなんだ? そもそも、どうして午来のことを知っている?」
午来弁護士は、同じく話せる事実だけを尽に打ち明けた。
「俺が伊縫さんと会ったのは、四年前だ。夕雨子さんに依頼された件で、話をした。昨日も、夕雨子さんに依頼されて、彼女と幸生くんに会っていた」
「四年前と昨日……バアさんの依頼って、何だ?」
「それも、俺の口からは話せない。依頼人が話してもいいと言うまでは」
「……律に訊けと?」
午来弁護士は、申し訳なさそうな表情でわたしを見て頷いたが、尽に向き直ると、わたしの知る彼からは想像もつかない厳しい言葉を発した。
「ああ。ただし、おまえが『森宮 睦美』との関係を説明するのが先だ」
「どういう意味だ?」
「おまえに話しておきたいことがあって病院を訪ねたら、ちょうど彼女と車に乗って走り去るところだった」
「…………」
「そのあと、病院前で信号待ちをしていた伊縫さんと幸生くんを見かけ、事故に遭うのを目撃した。つまり、二人が同じものを目にした可能性は高い」
ハッとしたようにこちらを振り返った尽に、頷いた。
「幸生は気づいていなかったけど……尽の車に森宮さんが乗っているのを見たわ」
「昨日、マンションで彼女と遭遇した際に、おまえと彼女の縁談については説明した。が、いま現在の関係については、俺も知らない。おまえの口から、きちんと説明しろ」
「……わかった」
尽が神妙な面持ちでそう答えると、午来弁護士は軽く肩を叩いて、わたしにも聞こえるようにわざと大きい声で耳打ちする。
「もしも助けが必要なら、弁護を引き受けてやるよ。特別価格で」
「いらねーよ」
「この先は、邪魔になるだけでしょうから、帰ります。事故の相手方との遣り取りで、何か困ったことがあれば、いつでも連絡してください。もちろん、それ以外でも。女性の手が必要なことがあれば妻が協力できますので、遠慮は不要です」
邪険に手を振り払う尽に笑いながら、午来弁護士はわたしに向かってそう言い残し、立ち去った。
残されたのは、むすっとした表情の尽と、これから何を聞かされるのかわからず不安なわたし。
そして、寝息を立てる幸生の三人だけ。
静かすぎて、聞こえるはずのない音まで聞こえて来そうだ。