逆プロポーズした恋の顛末
「迎えに来たぞー、りっちゃん! 幸生くん!」
「おじいちゃん先生! あ! 吉川さんだ!」
所長と吉川さんの顔を見るなり、幸生は嬉しそうに笑う。
二人には、退院する前から、お世話になりっぱなしだ。
わたしが事故に遭ったその日は面会時間が終わるぎりぎりに様子を見に来てくれ、翌日には交代で幸生の相手をしてくれていた。
その上、わざわざ車いすを載せられるレンタカーまで用意してくれたらしい。
「おはようございます、律さん。立てますか?」
「たぶん……」
事故に遭った直後は、骨折もなく、打撲程度だし、ちょっと痛むくらいで大したことはないと思っていた。
ところが、時間が経つにつれ、どんどん状態は悪化。
夜になる頃には、打撲の痛みは増し、ぶつけた覚えのないところまで痛み始め、歩くのもままならなくなってしまった。
事故直後は、ある種の興奮状態にあるせいで、痛みや具合の悪さを感じない、というのはよくあることらしい。
二日経ったいま現在、痛みは鎮痛剤で何とか抑えられているのものの、歩く速度は普段の二分の一。急な動きには、対応できない。
そんな状態で、家事はもちろん、幸生の世話をするなんてとても無理だった。
(尽の言うとおり、吉川さんに来てもらってよかったわ)
在宅看護で夕雨子さんのお世話をしていた吉川さんは、思うように身体が動かせない患者のサポートにも慣れている。
しかも、小児病棟での勤務経験があり、不安定な精神状態にある幸生のケアもできる。
とても心強い助っ人だ。
だから、遠慮なく助けてもらおうと思ったのに、尽がわたしを抱き上げた。
「あら、まぁ……女同士なんですから、嫉妬する必要なんかないでしょうに」
呆れる吉川さんを無視し、尽はわたしを後部座席に運び入れ、幸生をチャイルドシートへ座らせる。
その間に、所長とイシダさんが車いすや荷物をトランクに積み込んでくれた。
「ありがとう、尽。じゃあ、またあとで」
「ああ。律、もしかしたらオヤジだけ、顔を出すかもしれないと言っていた。母さんは、しばらく身体が空かないらしい。律と幸生がこちらへ引っ越して来てから、日を改めてゆっくり会いたいと言われた」
「わたしとしても、その方がありがたいわ。こんな状態でお会いしても、気を遣わせてしまうだけだもの」
わたしが入院している間に、一度お見舞いに来ると言っていた尽の両親とは、結局会えずじまいだった。
二人とも、急な用事で都合がつかなくなったのだ。
義父の用事については、尽も詳しい話は聞かされていないようだったが、義母は仕事が忙しいらしい。
産婦人科医として、実家のクリニックで院長を務めており、出産予定の近い妊婦さんが複数名いるので、病院を離れられないとのことだった。
「尽。残業せずに早めに帰って来るんだぞ?」
わたしがひとりで義父に対処しなくて済むようにと気遣う所長の言葉に、尽は軽く頷いたものの約束はしなかった。
「できる限り、そうする。が、確約はできない」