逆プロポーズした恋の顛末
「モテる女は大変ですね」
吉川さんのからかいに苦笑いしてしまう。
「人生初のモテ期です」
「じゃあ、存分に楽しまなくっちゃ!」
「ですね」
吉川さんは、料理と幸生のおやつ作りをはじめ、幸生の相手は所長へバトンタッチ。
切り替えの早い幸生は、水族館で見た魚のことを教えてほしいという所長の言葉に素直に従って、ポケット図鑑、スケッチブック、クレヨンを持って来る。
趣味と実益をかねて釣りもする所長は魚に詳しく、回遊魚、深海魚などの興味深い生態を解説し、ついでに料理の仕方まで説明していた。
所長、吉川さん、わたし、幸生の四人で食卓を囲み、幸生はお米がダマになっていない本格派のチャーハンをあっという間に完食。
そのままお昼寝してくれれば……と思ったが、所長に報告することはまだまだいっぱいあるらしい。ノンストップでしゃべり続けている。
吉川さんは、そんな幸生の様子に「小さい頃も口数の少なかった尽先生とはまったく似ていませんねぇ」と笑う。
「尽の小さい頃もご存じなんですか?」
「ええ。尽先生のお母さま、院長夫人はご実家を継ぐ前は立見総合病院で働いていましたから。学校帰りに顔を出すこともよくありました。立派なお医者さんになるんだ! が口癖で。思春期には、病院を継がないと言い張ったようですけれど、何だかんだ言って一途ですからね。尽先生は。あれがダメならコレなんて簡単に諦めたり、心移りしたり、そんな真似はできません」
「良く言えば一途、悪く言えば頑固だ」
「ええ。大鳥先生に似て」
「これでも、年を取って、だいぶ丸くなったんだ」
「そうでしょうか? 相変わらず、素直に謝ったりできないんじゃありませんか?」
彼女の言葉に含まれる意味を知らないから、からかっているだけだと思っているのだろう。
疑いのまなざしを向ける吉川さんに、所長は顔をしかめて見せる。
(夕雨子さんのこと……やっぱり黙っているしかないの?)
午来弁護士が言ったように、本人の希望を無視して話すのは褒められた行いではないと思う。
けれど、人の考えや望みは変わるものだ。
誰とも面会しないと決めていても、その気持ちが変わるかもしれないし、大人になればなるほど、本音は口にしなくなる。
彼女の本当の望みは別のところにあるような気がしてならない。
(本当に、このまま所長に何も言わずに、何も知らせずにいていいの?)
そんなわたしの葛藤を吹き飛ばしたのは、幸生の何気ない問いかけだった。
「おじいちゃん先生、ゆーこちゃんと仲直りした?」