逆プロポーズした恋の顛末

本当に、何一つ知らなかったらしい所長は、目を見開いたまま固まっていた。


「わたしには、医師と立見総合病院の経営、両方をこなせる器用さはないことも、母さんにはわかっていたんでしょうね。方向転換するのに、いい時期でもあった。わたし自身、妻との関係を上手く築くことができなかった不甲斐ない夫ですから、偉そうなことは言えませんが……ひとの気持ちがわからない人間は父さんの方ですよ」


痛烈なひと言だった。

所長の顔が歪み、震える薄い唇がぎゅっと引き結ばれる。
それでも、義父はさらに容赦ない言葉を投げつけた。


「いつまでも咲かない花を愛で続けることができる人間が、どれほどいるでしょうか。自分に好意を抱いている相手を打ちのめすのに、辛辣な言葉も冷ややかな嘲笑もいらない。ただ、無関心であればいい。その姿を目に映さず、声を耳にせず、触れることもせず、いないものとして扱えばいい。それでも、何も変わらぬ日々を過ごせるのだと、見せつけるだけでいいんだ」

「…………」

「子どもながらに、どうしてさっさと離婚しないのかとずっと不思議に思っていました。母さんは、父さんからは言い出せないとわかっていたのに、いつまでも諦められなかった自分がいけなかったと反省していましたが」


しんと静まり返った室内の異様な空気に怯え、幸生がわたしの足に身を寄せる。
大丈夫だと言い聞かせるように、そっとその背中を擦ってやりながら、どうすることもできずにただ事の成り行きを見守ることしかできなかった。

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