逆プロポーズした恋の顛末
しばらく続いた沈黙は、義父が破った。
「昨日、母さんから、父さんへ渡してほしいというものを預かってきました」
すっかりぬるくなってしまったコーヒーを飲み干して立ち上がり、懐から取り出した少し厚みのある封筒を所長の目の前、テーブルの上にそっと置く。
「これは、感謝の気持ちだそうです」
何に対しての、と所長が目で問う。
「立見総合病院のために望まぬ結婚をし、息子までもうけてくれたことへの感謝の気持ちとして、受け取ってほしいそうです」
震える手で封筒を取り上げた所長の手のひらに落ちて来たのは、薔薇のキーホルダーがついた一本の鍵だった。
「薔薇を処分すれば家庭菜園をするのに十分な広さになるだろうけれど、気に入らなければ売却するなり人に貸すなり、父さんの好きなようにしてもらってかまわないとのことです。本来であれば、父さんが住むはずだった家ですからね。母さんの遺産については、すべて午来弁護士に処理をお任せしているので、何かあれば尽を通して連絡してください」
薔薇、のひと言で、その鍵は夕雨子さんが住んでいた「あの家」のものだと知れた。
そして「あの家」は、彼女と所長が離婚していなければ、二人で老後を過ごしたかもしれない家だったのだと、いまさらながらに気がついた。
「律さん、慌ただしくて申し訳ないけれど、このあとも人と会う予定が入っているので、これで失礼させていただきます。次は、妻も一緒にゆっくり話ができるはずです。幸生くん、引っ越してきたらまた会おうね?」
実の父に対する辛辣で冷淡な態度は、気のせいだったのでは、と思うほどにこやかで爽やかで、気遣いたっぷりの人物に戻った義父は、優しく幸生に微笑みかける。
幸生は、元に戻った義父にホッとしたようで、吉川さんと共にリビングを出て行く彼に手を振った。
「バイバイ! 恵おじいちゃん」