逆プロポーズした恋の顛末
バタバタと走って迎えに出た幸生は、尽の小脇に抱えられて戻って来た。
「パパ! きょうはカレーの日なんだよ! 吉川さんのカレー、ママのカレーと同じくらい美味しいよ!」
「ああ、カレーのいい匂いがするな?」
「ごめんね、尽。幸生がお腹が空いたって言うから、先に食べちゃった」
「いや、昼が遅かったから、そんなに腹は減ってない。先に風呂に入りたいし……」
「じゃあ、あとは尽先生にお任せして、わたしはお暇させていただきますね? また明日来ます」
吉川さんは、洗濯も終わっているし、食器も片付けたし、と帰り支度を始める。
明日も、朝から来るという彼女に、わたしが「よろしくお願いします」と言うより先に、尽が思いもよらぬ依頼をした。
「明日なんですが、泊まりでお願いできませんか。夕方から勤務で、そのまま宿直に入るので」
「尽! 何もそこまでしなくても……」
幸生が起きている間は、何かと助けがいるけれど、寝てしまえばあとは自分のことさえすればいい。
わざわざ泊まってもらう必要はないだろう。
そう思ったのだけれど、「主治医の言うことをきけ」と一喝された。
吉川さんは、そんな尽を「いまどき亭主関白なんて、流行りませんよ」とたしなめて、わたしに微笑みかける。
「遠慮は無用ですよ、律さん。うちには世話が必要な人間といえば、ぐーたらしている旦那しかいないんですから」
「でも……」
「旦那は定年退職して、家でゴロゴロしているだけで、何の心配もありませんが、尽先生はちがいます。律さんのことが気になって、仕事に集中できずに、患者さんやスタッフに迷惑をかけるかもしれません。そんな情けない姿をさらしては、立見総合病院の未来は危ういと思われてしまいます」
「…………」
引退しても、鬼軍曹は鬼軍曹。
尽は、不満不平いっぱいの表情をしていたが、口ごたえせず、一番ダメージが少ない防御方法――「沈黙」を守る。
「あの、それじゃあ……遠慮なく、明日は泊まりでお願いできますか?」
わたしがそう言うと、吉川さんはにっこり笑って了承してくれた。
「はい。明日は、尽先生が出勤する頃に来ますね?」
「じゃあ、わたしも帰るとするか。幸生くん、夜遅くまでテレビを観たり、絵本を読んだりせず、ちゃあんと寝るんだぞ?」
吉川さんが帰るなら自分も、と腰を上げた所長は、いかめしい顔をして幸生に言い聞かせる。
「はーい! おやすみなさい」
「おやすみ」
素直に返事をした幸生の頭をひと撫でし、夕雨子さんのことは一切口にしないまま、所長は吉川さんと連れ立って帰って行った。