逆プロポーズした恋の顛末


ささやかな彼の要求に頷いて、さっそく準備に取りかかった……のだが、どこのブライダルサロンに問い合わせても、門前払いされてしまった。

『ザ・クラシック』は、挙式も披露宴も、一年を通して人気があり、キャンセル待ちも多い。とても無理です、と断られること十数回。

このままでは、計画倒れになってしまうと焦った。

何が何でも、『ザ・クラシック』で式を挙げたい。
ほかの場所では、意味がない。

非常識を承知の上で、最後の手段、強力なコネを使わせてもらうことにした。

動物園でお世話になった夕城夫妻、朔哉さんは『ザ・クラシック』を傘下に収める『YU-KIホールディングス』の副社長。鶴のひと声ならぬ、彼のひと声で何とかならないかと頼みこんだのだ。

無碍に断られることはなかったけれど即答は貰えず、二日ほどヤキモキした後、平日の午前中であれば、チャペルを提供できると連絡があった。

しかも、朔哉さんから事情を聞いた偲月さんがカメラマンに立候補してくれて、自身がモデルを務めるセレブ御用達ブランド、『Claire』の衣装まで用意してくれるという何ともありがたすぎる展開。

ヘアメイクは、ちょうど日本に帰国していたジョージが担当してくれることに。

ウエディングブーケは、夕雨子さんの育てた薔薇を使わせてもらうと決めていたので、京子ママのお店に出入りしているフリーのフラワーデザイナーを紹介してもらった。

そうして、何とかすべての手配がついたのは、結婚式をしようと思い付いてから一週間後。

その頃には、打撲の腫れや痛みもだいぶ引き、動き回れるようになっていたので、所長と一緒に幸生を連れて一旦アパートヘ戻った。

転居にかかわる諸々の手続きをし。
診療所の常連さんたちに別れの挨拶をし。
保育園やお友だちに幸生のお別れ会をしてもらい。

慌ただしい日々を過ごし、引っ越しを明日に控え、まったく準備が整っていないという状況に陥った。

もはや、いるものといらないものを分別する時間はない。
家具家電以外の部屋にあった荷物を手当たり次第に段ボール箱へ詰め込んだ。

翌朝、とても母子二人暮らしのアパートから出たとは思えない量の段ボール箱を積んだトラックを見送って、所長より一足先に引っ越した。

所長が、正式に診療所を村雲部長へ引き継げるのはひと月先。
それまでは、金曜日の夕方から月曜日の午前中まで、村雲部長に代理を頼むことになっている。

そうして、尽のマンションへ引っ越して来てから一週間。

今度は、転入の手続きや挙式の打ち合わせでバタバタし、今日の今日まで、段ボール箱の大半は開けられることすらなく、部屋のあちこちに積まれたままの状態で居座っている。

整理整頓のできない嫁で申し訳ないと尽に何度も謝ったが、尽は「どの箱にも、律と幸生の四年分の思い出が詰まっているんだろ? 急いで片付けなくてもいい」と言ってくれた。


本当に……よくできた夫だ。


諸々のことが落ち着いたら、思い出の品と一緒に、幸生が生まれてからのいろんなできごとを共有していけたら、と思っている。

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