逆プロポーズした恋の顛末
チャペルの長椅子は、前方の三列分しか埋まっていないから、ガランとして見える。
寂しいとは、思わなかった。
ここにいるのは、わたしたちを心から祝福してくれる人ばかりだ。
幸生と所長。尽のご両親。吉川さんに午来さん。尽の親しい友人、京子ママと征二さん。朔哉さんと千陽ちゃんもいる。
わたしたちにとって、これまでも、そしてこれからも大切な存在であり続ける人たちだった。
尽がどんな表情をしているのか、ヴェールに遮られてよく見えない。
じっと注がれる視線を感じるだけで、胸がドキドキし、足が震えそうになる。
何とか花嫁らしく、静々と歩みを進められるのは、慣れた九重会長の腕のおかげ――スマートなエスコートのおかげだ。
これが尽だったなら、わたしがドレスの裾さばきにもたつき、少しでも歩みが遅れれば、担いでいくにちがいない。
そんな一場面を想像し、くすりと笑いを漏らしたところで、九重会長から尽の手に引き渡された。
「なに笑ってんだよ? 余裕だな」
小声で咎めた尽は、柄にもなく緊張しているようだ。
俯いた視界に見えるその右手は、真っ白なグローブをきつく握りしめている。
彼も、わたしと同じくらい「特別な日」にドキドキしているのだと思うと、嬉しかった。
でも、緊張で何が何だかわからないまま、式を終えてしまうのは残念すぎる。
ひとつひとつの儀式をしっかりと記憶に刻むためにも、リラックスして臨みたい。
「尽が九重会長のお孫さん……柾さんと高校の同級生だったなんて、知らなかったわ」
「俺も、律が柾のジイさんと顔見知りとは知らなかった」
「九重会長は、『Fortuna』にいた頃のお客さまだったの。栗ようかんを譲った縁で、知り合ったのよ?」
「は? 栗ようかん?」
「ねえ、尽。思ったんだけど、九重会長と所長、お友だちになれそうな気がしない?」
「ジイさんたちが?」
「うん」
最愛の奥さまを亡くしている九重会長なら、きっといまも、これからも、所長の気持ちを理解し、話し相手になってくれるだろう。
「所長って、将棋指せた? 九重会長は将棋好きだから、いいきっかけになると思うんだけど……」
「将棋? 俺は指したことはないが、家に将棋はあった気がする」
「だったら、きっとルールくらいは知ってるわね。あとで紹介を……」
ぼそぼそと話すわたしたちに、牧師がわざとらしく咳ばらいをした。