逆プロポーズした恋の顛末
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いつも通り、「世間話」という治療を希望する常連さんたちが、おすそわけの遣り取りに、孫自慢、嫁の愚痴など、診療所をすっかりお茶の間と化す一日が終わった午後五時。
診療所の入り口に「休診」の札をかけ、施錠して再び受付カウンターの中へ戻ると、ちょうど診察室から出てきた山岡さんに言われた。
「りっちゃん、帰る前に先生が声をかけてほしいって」
「所長が?」
「ええ。幸生くんのお迎え、一緒に行きたいんですって」
「でも、所長だって忙しいのに……」
先代所長の頃からこの診療所で働いて、三十五年。
所長の先輩である山岡さんは、容赦なくエライお医者さまをこき下ろす。
「遠慮なんかしなくていいの、いいの。幸生くんの祖父気取りなんだから。鬱陶しいかもしれないけど、寂しい老人に付き合ってあげて。この間の風邪が、完治しているか気になっているみたいだし」
先月の誕生日、幸生はいつになくひどい風邪をひいた。
熱は二日で下がったが、咳が長く続き、呼吸が苦しそうで、大きな病院で検査しなくてはいけないかもしれないと覚悟したほどだ。
幸い、飲み薬と点滴で症状は落ち着いたものの、診察してくれた所長は、アレルギーの可能性もあるし、喘息の可能性もある。慎重に経過をみないと、なかなか正確な診断はできないと言っていた。
いまのところ、ぶりかえす気配はないが、診てもらうに越したことはない。
「あとはわたしが片付けておくから、さっさと先生を連れてって」
「でも、」
そこまでしてもらうのは悪い、と言おうとした矢先、「りっちゃん、まだかー?」と叫ぶ所長の声が聞こえた。
「ほら。早くしないと、一分後にまた呼ばれるわよ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて……あとは、お願いします」