逆プロポーズした恋の顛末
小さな診療所に、制服なんてものはない。
椅子の背にかけていたカーディガンを羽織って、机の下に押し込んでいた鞄を掴めば帰宅準備は終了だ。
診察室に顔を出すと白衣を脱いだ所長が、窓の外を眺めていた。
「お待たせしました、所長」
「お。準備できたか。じゃあ、さっそく幸生くんを迎えに行こう」
「わざわざすみません」
「なに、どうせ帰り道だ」
診療所の裏口から出て、所長が運転する国産の古いセダンに乗り込む。
同じ年代の人と比べるとかなり大柄な院長は、八十歳になったいまもイケメンの面影をとどめている。若かりし頃はさぞかしモテたことだろう。
所作にはどことなく品があるし、スーツを着て高級外車を乗り回すのも、きっと似合う。
実際に愛用しているのは、ファストファッションブランドの服。山菜取りや畑仕事、魚釣りと、さまざまなアクティビティに万能な長靴がお気に入りだけれども。
「お迎えラッシュだなぁ。この辺りで待ってるよ」
保育園の門の前は、お迎えの自転車やら軽自動車やらで混雑していた。
その様子を見た所長は、少し離れたところで車を停める。
「いま、幸生を連れてきますね」
顔見知りのお母さんたちと二言三言交わし、保育園の玄関に入ると、奥の方で待っていた幸生が満面の笑みで叫んだ。
「ママ!」