逆プロポーズした恋の顛末

食器を洗い終え、お茶の準備をして振り返ると、所長が寝落ちした幸生を抱き上げて、ソファーに運ぶところだった。


「すみません! 重いのに……」


いつもの就寝時間よりだいぶ早いが、寝る前の読み聞かせが習慣化しているので、眠くなってしまったのだろう。


「これくらい何ともない。しかし、三歳児のパワーと吸収力は侮れんな。乾いたスポンジ並みに、ぐんぐん知識を吸収する」

「幸生は、どうも好奇心旺盛すぎで……」

「知識欲が旺盛なのは、いいことだ。そろそろ、遠出してみてもいいかもしれんなぁ。日常とはちがう体験を十分楽しめるだろう」

「ええ。風邪をひいたので、延期になっちゃったんですけれど、先月の誕生日、隣の市の動物園に連れて行こうと考えていたんです」

「動物園か。ぜひともわたしの車で一緒に行こう! と、言いたいところだが……すまん。無理そうだ」


所長は、がっくり肩を落として嘆く。


「そんな! 所長からのプレゼントはもう貰っていますから……」


先月の幸生の誕生日に、所長は外国製のカラフルなブロックセットを買ってくれていた。


「それはそれ、これはこれだ。りっちゃんには、これから迷惑をかけることになるんで、そのお詫びを前倒しでしておきたかったんだが……」

「迷惑?」

「再来週から、一週間ほど休みをもらうつもりでね。いろいろ片付けなきゃならん家族の問題があるのと、あちらへ行くついでに、内視鏡やらPETやらCTやら、アレコレ検査をしようと思っているんだ」

「え。検査って、どこか具合でも悪いんですか?」


所長は、見るからに健康そうだけれど、年も年だ。不調を感じていても、おかしくない。
何か、気になる症状でもあるのかと心配になったが、所長はそんなことはないと笑う。


「心配せずとも、わたしはピンピンしているよ。ただ、あと数年は現役でいたいと思っているんでね。ここらで、一度ちゃんとした検査をして、医者の仕事をまっとうできるか確認しておきたいんだ。身をもって、最新の検査技術を体験するのも勉強になるし」

「そうですね。何ともないことを確認するのも大事ですよね」


町のひとたちはみんな、所長にこの先もずっと、診療所にいてほしいと思っているだろう。


「じゃあ、所長がいない間、診療所はお休みにするんですか?」

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