逆プロポーズした恋の顛末
「一服盛るって……それ、犯罪じゃないですか! イケメンも大変ですねぇ……」


美男美女だからといって、得することばかりではない。
むしろ、平凡な庶民には想像もつかない苦難に見舞われているのかもしれない。

そんなことを思って彼の受難の日々に同情していたら、空耳にしては衝撃的すぎる言葉が聞こえた。


「だから、アイちゃん。柾の嫁になってくれんかね?」

「――っ!?」


危うく、一杯ウン千円単位のワインを吹き出しかけた。


「ご、ご冗談を! 大企業を背負って立つ御曹司の妻ともなれば、それなりの家柄と学歴が必要でしょう? 一介のホステスにはとうてい務まりません!」

「アイちゃんなら大丈夫だ。気難しい相手も笑顔と話術で篭絡できるだろう? 柾には愛嬌というものが備わっておらんから、大きな助けになるのはまちがいなしだ」

「とんでもない! 第一、柾さんにだって好みというものがおありでしょうし……」

「そんなもの、好きになったひとが好みだろう。これが柾だ。どうだね? アイちゃんの目から見てもイケメンだと思わんかね?」


九重会長が差し出したスマホの画面に映し出されたのは、尽とはまたちがった系統の日本人離れしたイケメン。
髪や瞳の色素が薄く、顔立ちは……イケメンという単語が失礼ではないかと思われるほど、整い過ぎている。


「イケメンというか……王子様?」

「いや、俺様だ」

「俺様……」

「その実態は、世話好きで、鬱陶しいくらいに妹を溺愛しとるシスコンだが。どうだね? 会ってみるだけでも……」

「無理です!」


やや被り気味にお断りした。

生身の彼を目の前にして、五分と平常心を保てる気がしない。
まともに呼吸ができるかどうかさえ、怪しい。
畏れ多くて乗れない玉の輿は、お断りするのが賢明な判断だ。

九重会長はそんなわたしの様子に、眉を引き上げ、声を潜めて訊いてくる。


「もしかして、お付き合いしている男性がおるのかね?」

「えっ……い、いえ、そういうひとは、いませんが……」


尽と「付き合っている」と言うのは、どうにも気が引けて言葉を濁したが、そう簡単に騙されてくれる会長ではない。ニヤリと笑われた。


「なるほど。付き合ってはいないが、好きな男はいるということか。しかたない。諦めよう。恋路を邪魔するような野暮はしたくないからなぁ」

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