逆プロポーズした恋の顛末
「そ、そういうことではなくて……」
「そうかそうか。アイちゃんにも、ついにそういう相手ができたか。恋愛結婚、見合い結婚、授かり婚。きっかけは何であれ、結婚とはめでたいものだ。うんとご祝儀を弾ませてもらうよ」
「そんな予定ありませんから!」
「そろそろ出ようか。今夜の酒は、一段と味わい深くなりそうだ。そうだ、お祝いに一番いいシャンパンを入れよう!」
「会長……」
「今夜の酒の肴は、恋バナで決まりだなぁ」
「…………」
恥ずかしさに顔が赤らんでいるのを感じつつ、レストランを後にした。
「腹ごなしに、店まで歩いてもかまわんかね?」
「もちろんです」
ここから『Fortuna』までは、ゆっくり歩いても、十五分程度の距離だ。
差し出された腕に手を添えた。
実は、九重会長にはじめて腕を組むよう求められたとき、わたしは下世話な勘繰りをしてしまった。
ただ、女性とイチャつきたいだけではないか、と。
ヘルプでついた客と同伴やアフターに出かけた時に、腕を組むどころか腰に腕を回され、密着されたことが何度かあったのだ。
男性に慣れておらず、ホステスとしてもまだまだ毛が生えた程度の経験しかないわたしには、その程度のスキンシップも受け流すのが難しかった。
しかし、九重会長が腕を組むよう求めたのは、下心からではなかった。
亡くなった奥さまに『紳士は女性をエスコートするものだ』と叱られたんだと打ち明けられて、自分の偏見を平身低頭お詫びし、以来一緒に歩くときは必ず腕を組ませてもらっている。
道端で見かけて気に入った、無名の画家の絵画を買ったとか。
本場のエスプレッソより、椿さんが淹れるエスプレッソの方が美味しいとか。
お世話になっているお手伝いさんに本革のバッグをお土産に渡したら、高価すぎてもらえないと言われ、ちょっとした押し問答になったこととか。
駅前の大通りに施されたイルミネーションを見ながら、他愛のない土産話に耳を傾けていると、前方のレストランから一組の男女が現れた。
アイボリーのコートを着た女性とチャコールグレーのコートを纏った背の高い男性。
女性は和風美人。男性は彫りの深い顔立ちで、系統は正反対だが、美男美女カップルという言葉がぴったり当てはまる組み合わせだ。
二人は談笑しながら駅の方へ向かって歩き出したが、腕が触れ合いそうなほど寄り添っていても、腕を組むことも手を繋ぐこともない。
通りすがりのカップルならば、微妙な距離はきっと付き合い始めたばかりなのだろうと微笑ましく思っただろう。
しかし、二人のうちの一方が、よく知っている人物とあっては、とても平然としていられなかった。
(あれは……尽、よね?)