逆プロポーズした恋の顛末
わたしが一度も見たことのないスーツ姿で、わたしに一度も見せたことのない柔らかな笑みを浮かべているのは、「立見 尽」だ。

夜とはいえ、イルミネーションや通り沿いの店舗の照明があるため、暗がりを探す方が大変なほど、辺りは明るい。見まちがえようがなかった。


(一緒にいるのは……彼女? もしくは、彼女候補?)


尽に恋人や婚約者、妻はいないか確かめた時、そういう相手を作る暇はないと言われていた。

でも、あくまでも半年前の情報だ。
これからそういう関係になるひとがいるかどうかまでは、訊かなかった。

機械的に足を動かしながら、茫然として先を行く二人の背を見つめていると、尽がすれちがう人とぶつからないよう彼女の身体を引き寄せる。

彼女がお礼を言ったのだろう。
尽は、彼を見上げて微笑む彼女に、柔らかな笑みを返す。


「アイちゃん? どうかしたかね?」


覗き込んでくる九重会長の心配そうな表情に、慌てて笑みを取り繕った。


「いえ。何でもありません。そうだ、会長! 会長は、クラシック音楽がお好きでしたよね?」

「ああ」

「こっちに、わたしの行きつけのお店があるんです! 見落としてしまいそうな店構えなんですけれど、愛好家の間では有名で……」


やや強引に、裏路地へと会長を引っ張り込む。

尽たちの姿を視界から締め出してしまわなければ、何かしていなければ、とんでもないことをしでかしてしまいそうだった。

たとえば、あの二人の後を尾行するとか。
たとえば、尽を問い質すメッセ―ジを送るとか。

たとえば、……涙を流すとか。


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