逆プロポーズした恋の顛末
別れ話は突然に
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街中で、女性と一緒にいた尽を見かけてから一か月。
尽からは、たまに『眠い』とか『疲れた』とか言うだけのメッセージが時々送られては来たが、会えない日々が続いていた。
もしかしたらこのまま自然消滅を狙っているのかもしれない。
そんなことを考え始めた矢先。
久しぶりに届いた長文――といっても用件のみのメッセージに、思わず頬が緩んだ。
『七時頃行く。すきやきが食いたい』
あの夜からずっとざわついたままの気持ちは胸の奥に押し込めて、いそいそと近所のスーパーへ買い物に出かける。
考えても、考えなくても、避けようのないことならば、考えない方が楽だ。
尽のリクエストどおりにすき焼きの材料を買い、〆はおじやかうどん、どちらにしようと考えながら歩いていたら、見知らぬ男性に呼び止められた。
「すみません。伊縫 律さんですね?」
きれいに黒髪を撫でつけ、遊び心はまったくないビジネススーツに身を包み、落ち着いた雰囲気を醸し出しているが、大人の男の色気には及ばない。
おそらくわたしよりも年下。尽と同じくらいの年頃だろう。
「どちらさまでしょう?」
「驚かせてしまって、申し訳ありません。怪しいものではありませんので」
一瞬、ストーカーか、もしくはそちらの筋の人間かと警戒しかけたが、彼が差し出した名刺に書かれた肩書きは、物騒な人たちとは対極にあるものだった。
(R&G弁護士事務所 弁護士 午来 誠……。弁護士が何の用?)