逆プロポーズした恋の顛末


慌てて下ろし、シャツをズボンの中へたくし込んでやると、するりとわたしの腕を抜け出し、所長と尽の間に挟まる。


「え、ちょっと幸生、ま……」


止める間もなく、幸生は所長と尽の手を自分から握りしめて宣言した。


「おじいちゃん先生とおにいちゃん先生と歩く!」


尽はビクリと肩を揺らしたが、幸生の手を振りほどいたりはしなかった。


「よし、行こうか」


所長が幸生を促して歩き出してしまえば、もう止められない。
わざわざ別行動をするのも不自然だ。
少し遅れて彼らの後ろを付いて行くことしかできなかった。


「ねえ、おにいちゃん先生はいくつ? ぼくは、三さい」


幸生の年齢を聞いた尽は、ほんの少しだけ間を置いて、静かに自分の年齢を答えた。


「……三十歳」


一瞬の間に尽が何を思ったのか、訊くまでもなくわかる。

幸生の年齢とわたしたちが別れた時期、そして自分によく似ている特徴を見れば、自分の子どもである可能性が高いと思うのは当然だ。


「どこから来たの?」

「昔、おじいちゃん先生も住んでいた町」

「大きい町?」

「そうだな。ここよりは大きいし、住んでいる人もいっぱいいる」

「おともだちもたくさんいるの?」

「たくさんかどうかはわからないが、仲のいい友達はいるよ」


幸生が核心に触れるような質問をしませんようにと、そればかりを考えて、父と子の初めてのふれあいに感動するどころの話ではなかった。

たった十五分。
保育園までの道のりが、果てしなく遠く思われる。

幸生が父親やパパという単語を口にすることなく、尽も自分の正体をほのめかすような真似をすることもなく、表面上は何事もないまま保育園に到着。
所長は子どもたちから「おじいちゃん先生だ!」と大歓迎を受け、尽は保育士さんやママたちの目を釘付けにした。


「園長先生。これは、わたしの孫の尽だ。来週からわたしが一週間ほど留守にする間、代理を頼むことになってね」

「立見 尽です。大鳥先生が来週からお休みをいただく間、代理を務めさせていただきます」


仕事モードの尽を見るのは初めてだが、ちゃんと「お医者さん」らしく振る舞う彼は別人のようだ。
もうすぐ定年退職するという園長先生も、爽やかな笑顔と共に挨拶する尽を前に、頬を赤らめしどろもどろになる。


< 61 / 275 >

この作品をシェア

pagetop