逆プロポーズした恋の顛末
慌てて下ろし、シャツをズボンの中へたくし込んでやると、するりとわたしの腕を抜け出し、所長と尽の間に挟まる。
「え、ちょっと幸生、ま……」
止める間もなく、幸生は所長と尽の手を自分から握りしめて宣言した。
「おじいちゃん先生とおにいちゃん先生と歩く!」
尽はビクリと肩を揺らしたが、幸生の手を振りほどいたりはしなかった。
「よし、行こうか」
所長が幸生を促して歩き出してしまえば、もう止められない。
わざわざ別行動をするのも不自然だ。
少し遅れて彼らの後ろを付いて行くことしかできなかった。
「ねえ、おにいちゃん先生はいくつ? ぼくは、三さい」
幸生の年齢を聞いた尽は、ほんの少しだけ間を置いて、静かに自分の年齢を答えた。
「……三十歳」
一瞬の間に尽が何を思ったのか、訊くまでもなくわかる。
幸生の年齢とわたしたちが別れた時期、そして自分によく似ている特徴を見れば、自分の子どもである可能性が高いと思うのは当然だ。
「どこから来たの?」
「昔、おじいちゃん先生も住んでいた町」
「大きい町?」
「そうだな。ここよりは大きいし、住んでいる人もいっぱいいる」
「おともだちもたくさんいるの?」
「たくさんかどうかはわからないが、仲のいい友達はいるよ」
幸生が核心に触れるような質問をしませんようにと、そればかりを考えて、父と子の初めてのふれあいに感動するどころの話ではなかった。
たった十五分。
保育園までの道のりが、果てしなく遠く思われる。
幸生が父親やパパという単語を口にすることなく、尽も自分の正体をほのめかすような真似をすることもなく、表面上は何事もないまま保育園に到着。
所長は子どもたちから「おじいちゃん先生だ!」と大歓迎を受け、尽は保育士さんやママたちの目を釘付けにした。
「園長先生。これは、わたしの孫の尽だ。来週からわたしが一週間ほど留守にする間、代理を頼むことになってね」
「立見 尽です。大鳥先生が来週からお休みをいただく間、代理を務めさせていただきます」
仕事モードの尽を見るのは初めてだが、ちゃんと「お医者さん」らしく振る舞う彼は別人のようだ。
もうすぐ定年退職するという園長先生も、爽やかな笑顔と共に挨拶する尽を前に、頬を赤らめしどろもどろになる。