逆プロポーズした恋の顛末


大きな溜息を吐いた所長は、苦々しい表情で畳みかけるように問う。


「大方、弁護士が金をちらつかせ、別れなければ店に迷惑がかかるだの、尽には相応しい相手との縁談があるだのと言ったんだろう?」

「そ、れは……」

「息子夫婦はともかく……尽の祖母が、縁談を押し付けていると聞いている。アレが考えそうなことだ」


そのものズバリを言い当てられて、ドキッとした。

そうだ、と言ってしまうべきか。
シラを切るべきか。

不用意なことは言えないと考えあぐねている間に、所長が内情を暴露した。


「わたしと尽の祖母は、いろいろあって離婚したんだが……一番大きな原因は、性格の不一致だ。アレは、自分の考えが一番正しいと思っている人間でね。何でも自分の思うようにしたがるんだよ。いわゆるお嬢様育ちで、ワガママ放題に育ったせいだろうな」

「お嬢様、ですか?」

「先々代の院長のひとり娘で、わたしは婿養子として立見家に入ったんだ。地域にとってなくてはならない基幹病院として、最新の設備や診療科目の拡充を進めたいという舅の理念に共感していたから、その手伝いがしたいと思ってね。しばらく、舅の下で経営の勉強をさせてもらいながら、外科医としての腕を磨くつもりだった」


当時、心臓外科医だった所長は、毎日のように難易度の高い手術をこなし、着実に経験を積み重ねていた。現場を離れるのはずっと先の話だと思っていた、と溜息を吐く。


「しかし、人生とは思ったようにいかないものだ。結婚して数年後、舅が病いに倒れ、翌年亡くなった。身一つでは到底足りないくらいの忙しさに見舞われたよ。病院にほぼ泊まり込みで、必死に毎日を乗り切っていた。しかし……それを浮気しているだの何だのと妻に疑われたんだ。まあ、夫婦仲は、お世辞にもいいと言えなかったせいもあるが」


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