逆プロポーズした恋の顛末
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おそらく、いつものように訪問先で引き留められているのだろう。
尽と所長は、五時になっても戻る気配がなく、わたしと山岡さんは鍵を閉めて診療所をあとにした。
「幸生、お待たせ! さ、帰ろ?」
「……きょうは、ママひとりなの?」
保育園では幸生が靴を履いて待っていたが、わたし一人だと知るとあからさまにがっかりする。
それだけ尽に――知らないとはいえ父親に懐いているのは、いいことだ。
けれど、これまでわたしだけに向けられていた幸生の愛情や信頼が、出会って一週間も経っていない尽に向けられるのを見ると、ちょっぴり複雑な気持ちになってしまう。
「所長と立見先生は、お仕事中。帰ろ?」
「……うん」
しょんぼりした幸生の手を引いて歩き出したが、その歩みは遅く、しきりに辺りを見回している。
「どうしたの?」
何か気になるものでもなるのかと訊ねるが、俯いてふるふると首を振る。
こんなにあからさまに落ち込む幸生を見るのは初めてで、ちょっと心配だ。
(あとで、尽と所長に顔を出してほしいとお願いした方がいい……? でも、所長がいなくなるまでに、出来る限りの引き継ぎはしておきたいだろうし……。このままいけば、尽の要望どおりに月曜から一緒に暮らすことになりそうだし……)
仕事の邪魔はしたくない。
そう思い、鞄から取り出しかけたスマホをしまった。
「ね、幸生。今日はカレーにしよっか! ニンジンは、お星さまのかたちにするし、ブロッコリーもたくさん入れて」
「うん!」
大好物のカレーと聞いて、幸生は嬉しそうな顔で大きく頷いてくれた。
「よーし。じゃあ、おうちまでしりとりしよう!」
急速に語彙が増えている幸生は、「しりとり」がいま一番お気に入りの遊びだ。
このままいつもの調子を取り戻してほしいと思って提案したら、予想外の事態に陥った。
「えいごで?」