病んで愛して全部見せて





 私はイケメンが好きだ。


 だってイケメンは存在してくれるだけでその場の空気が華やぐし、何か辛いことがあってもイケメンが笑ってるのを見るだけで、うん明日も頑張ろうってなる。


 つまり生きててくれてありがとう。存在にマジで感謝。
 関われなくてもいいから投げ銭だけでもさせてくれ、である。



「ンァ〜〜〜〜、今日も眼福」
「みずほ、今日も瑠夏くん見てるの?」
「もちろん。私の休み時間は彼を見るためにあるの」
「だったらもっと近くで見てくればいいじゃん」
「近くで見るだなんてそんな……!! 私はこうやって遠巻きに見守るモブでいいの」



 昼休み、二階の教室の窓から学年一のモテ王子瑠夏くんを熱く見つめる。
 瑠夏くんはサラサラ栗色の髪の毛に、透明感のある肌、垂れ目で笑うとエクボが超絶キュート。背も高いし運動神経もいいしコミュ力抜群。


 ……とくれば、人気者にならないわけがなく。現在校庭でサッカーをする瑠夏くんに、女子達が熱い視線を送っている。


 私が友人にアハハと笑うと、友人は大きなため息をついた。



「モブってアンタさぁ……自分の顔を鏡で見たことある?」
「え? 毎朝見てるけどなに? モブ面が過ぎるって?」
「……だからぁ」



 友人が何か言おうとした瞬間、ハッと校庭でサッカーをしていた瑠夏くんと視線が合う。はい、目線いただきました。


 正気を失った私は思い切り窓枠に頭を打ち付ける。



「ア゛ッ……本当にイケメンって健康に良いっ」
「……ちょっとみずほ落ち着いて。あれ? みずほ呼ばれてない?」
「あ、ほんとだ」



 私の奇行に友人がドン引きする中、クラスメイトの女子が私のことを教室の入り口で呼んだ。


 手招きされるがまま教室から出ると、そこには一つ下で一年生のベビーフェイスがめちゃくちゃ可愛いイケメンがクラスメイトの横に立っていた。
 しかも何故かそわそわしている。


 私は驚きのあまり硬直した。



「ヴァ……!!?」




 あ、ダメだこの距離は、この距離感でイケメンを拝むのは、私は働かない脳で必死に考える。



「みずほ、この子うちの近所の子なんだけど、みずほの連絡先知りたいんだっ……あ、待ってみずほ、血が!!」



 クラスメイトと後輩くんが顔を青ざめさせる。何故なら私の鼻から大量の血が出ていたからだ。


 そう、私はイケメンと一定の距離を保っていないとその尊さに興奮のあまり鼻血が出てしまうのだ。イケメンの過剰摂取は有害にもなると私の身体が証明している。


 私が放心していると、いつの間にか隣にいた友人が私にティッシュを渡してくれた。



「ごめん、みずほ体調悪くて」



 友人の言葉に後輩くんは廊下の向こうにすごすごと帰っていく。


 アアアア、ベビーフェイスイケメンがぁっ……!!


 鼻にティッシュを詰め込みながら項垂れると、私の友人が背中をさする。



「みずほ、それだけイケメンが寄ってくるのに自分はモブ面って言い張るわけ? アンタ普通に顔可愛いよ?」
「折角イケメンが寄ってきてくれても鼻血垂れ流すだけのこんな顔面、モブ以下の雌豚で充分でしょ」
「雌豚って」
「ヒィン……イケメン……やっぱりイケメンは生命削られるな」



 私が唇を尖らせると、友人は呆れたように笑った。



「仕方ないから、今度普通面の性格が良い男のみ集めた合コン開いたげる」
「わ〜〜助かる。私このままじゃ絶対彼氏できないもん。やっぱりイケメンは眺めるに限るしね、彼氏にするならフツメンが一番」



 キンコンカンコン、昼休み終了の鐘が鳴り、私達は教室へと入った。


 しかし、私の発言が聞かれていて、それがきっかけで恐ろしい事態にコトが発展してしまうなんて全く想像もしていなかった。




***





「安住さん」
「…………エ゛」



 ただ今放課後、本日はフツメンとの合コン開催により、友人は幹事の為英語の点数が悪く居残りの私を取り残し、先にカラオケに行ってしまった。


 運悪く今回の補修は私一人。
 茜色に染まる教室で補修を終え、帰る準備をしていたところになんと顔面国宝瑠夏くんが登場してしまった。


 私は基本的にイケメンと遭遇すると濁点の付いた汚い声しか出せない為、硬直し後ずさる。


 
「あのさ、今日ってこの後何か予定ある?」
「よ、よ、よ、予定……? それ、あの、わ、私に聞いたおられる……?」
「うん、そうだよ。安住さんに聞いてる」
「る、瑠夏くんからしたら吐き捨てる程度の予定なら……」
「そっか」



 教室の入り口にいた瑠夏くんは、顔に笑みを張り付けたまま、一歩一歩ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


 私はこれ以上その尊いご尊顔を間近で見たら出血多量で死んでしまう為、窓スレスレまで後ずさる。


 しかし、そんな距離一瞬で詰まってしまうのは当たり前なことで。
 いつの間にか目の前に、瑠夏くんが立ち、にんまりと私を見下ろしていた。
 なんという美しい顔面のパーツの比率。透明な肌、可愛いエクボ。


 瑠夏くんが、私のようなモブ面雌豚に、話し掛けている。


 そこで、自分の中で何かがドーーーーーン!!!! と恐ろしい音を立てて爆発した。
 それは聞いたこともないような轟音で、次の瞬間、動悸息切れが私の身体を支配し、心臓がバックンバックンと身体から飛び出てしまうほど鳴り響く。


 そして次の瞬間、パタパタと床に何かが垂れる音がした。それは言わずもがな私の大量の鼻血である。



「…………血が、あの、瑠夏くん、ちょっ、離れて下さると助かる」
「見せて」
「へ」
「もっと見せて」
「な、なにを」
「もっと、全部、見たい」




 瑠夏くんは私の両頬を掴むと、上を向かせる。
 そして、鼻血を垂れ流す私をじいっと目を見開き見つめていた。


 その目には、ドロリとした執着の色が溶けいる。私の背筋がゾワリと鳥肌立つ。
 瑠夏くんはしばらく私を見つめた後、ニコリと爽やかに微笑み、私の口元にまで垂れた鼻血を親指で掬ってちろりとエロい赤い舌で舐めとる。


 え、血を舐めた。



「アアアアダメダメ!! 瑠夏くんに穢れた血が!!」
「安住さんが見つめてくれてるのに気付いてから、俺もずうっと安住さんを見つめてたんだ」
「エ゛」
「可愛い顔でイケメンが好きな癖に鼻血が出ちゃうからイケメンと付き合えないんだよね? それは知ってた。だからどうやって近付くか考えてた。ずっとずっとずうっと考えてたんだよ? なのに、安住さんが、普通の顔の男を彼氏にするなんて言うから」
「な、なんで、知って……」
「そんなこと、どうでもいいよ」



 ────唇に柔らかい感触がした。


 それが瑠夏くんの唇だと認識した瞬間、私の全身の血が沸騰し、さらに鼻からドクドクと血が流れる。
 けれど、瑠夏くんは自分の唇が血濡れになることも構わず、何度も何度も愛おしいものを愛でるようにキスを繰り返す。


 めちゃくちゃ最高なイケメンと、私、キスしてる。この人生に悔いなし……!!!!


 そして私は酸欠や出血が相待って血の気が引き、ふらりとよろめく。それを私と同じように、主に口元が血塗れになった瑠夏くんが支える。



「倒れる前に頷いて、安住さん。普通の男との合コンになんて二度と行きませんって、彼氏にしませんって」
「……は、い」
「俺のことが好きだって、愛してるって、俺しか見えないって、俺と付き合って幸せにされるって。頷いて」



 瑠夏くんの狂気じみた誘導に、抵抗することもできない。いや、抵抗なんて私のようなモブ雌豚が出来るはずない。
 

 私が力無くこくりと頷いたのを見て、瑠夏くんはそれはもう幸せそうに頬を赤らめ、王子様の様に微笑んだ。


 私はその至高の笑みを見てさらに鼻血を垂れ流し、意識を飛ばしかける。



「わぁ、嬉しい。両想いだね。明日からずうっと一緒だよ? 愛してるよみずほ」



 この声を最後に、私は再び酸欠になるほど長いキスをされ意識を落とした。


 そこから私と瑠夏くんの、謎のハッピー鼻血ラブラブヤンデレライフがスタートするのはまた別の話。


 ──そう、瑠夏くんはヤンデレだったのだ。なにそれ情報過多。




『病んで愛して全部見せて』おわり…?
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