春夏秋冬《きせつ》の短編集
次の日もヒロ君のことが忘れられず、夕方にあの思い出の公園に行くと、いつもいるはずの家族連れなんかの人の姿はすでに無かった。

桜の木の前にいた昨日の女の人が、今日も悲しそうに一人ぼっちで立っていた。

「…あの……」

私は彼女に恐る恐る声を掛けてみた。

『…??』

私に気付いてるようだけど、声は聞こえないらしい。

サアアア……

桜の枝が風になびいて花びらが舞い落ちる。

「…キレイ……」

その光景に思わず呟く。
すると、笑った私に気づいたらしい。女の人も桜を見て嬉しそうに笑った。

(この人も桜が好きなのかな…すごく嬉しそう…!)

スッ……

目の前に、今度は男の人が現れた。
女の人と同じく半透明で、キレイな薄緑の着物を着て…

「あ……」

待っていたのはこの人だったんだ。
だって、とても嬉しそうにして泣いているから……

『あなたを待っていたの…さあ、季節を導いて……』

男の人が嬉しそうに女の人を抱きしめた瞬間、女の人の着物は男の人と同じく薄い緑に変わる。

「わ…あぁ…」

この人達は幽霊じゃない。
もうすぐ五月。
この男の人は夏を連れてくる人なんだ。春の終わりを告げる頃、桜は葉に変わりはじめる。

じゃあこの女の人は春を…


しばらくして、女の人は悲しそうに男の人に別れを告げた。

『また…来年に……』

男の人は女の人を見つめたまま、しっかりと頷く。

サラサラと風に着物をなびかせながら、女の人は男の人を見つめたまま消えていった。

男の人は悲しそうに空を見つめる。

(この二人は、一年に一度しか会えない…それに比べたら私は……)

一年に一度だけの出会い。それはふたりにとって大切な時間なんだ…


ヒロ君に教えてあげよう。不思議な出会いを見たんだ、って。
それから、また会いたいね、って言うんだ…
なんて言ってくれるかな?
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