或いは誘蛾灯のような
禁忌
 僕はアパートに着くと、早速いま持ち帰ったばかりのランプを取り出した。

 散らかったテーブルの上を片付けて、ど真ん中に置く。

 そうしておいて、棚から百円ライターを取ってきたものの、火をつけられずに躊躇(ちゅうちょ)した。

 窓を開けていても蒸し暑い六畳一間のアパートの中、うなじを汗が伝い落ち、背中に抜けてTシャツに染み込む。
 汗で身体に張り付いた服が気持ち悪かった。

 ランプを前にして、久遠(くおん)さんが帰り際に声の調子を変えて付け加えた、「但し、これだけは守ってくださいね」という注意事項が、ぐるぐると頭の中を回る。

――いいですか? 決して真っ暗闇でこのランプに火を入れてはいけません。

 ランプなのに暗闇で使ってはいけないというその文言(もんごん)はとても異様で。僕は戸惑い、そして恐ろしく感じ、それを使うことに躊躇(ためら)いを覚える。

 でも、このランプを目にしたときの、何とも形容しがたい気持ち。僕はその感情に(あらが)(がた)く、不安に思いながらもそれを持ち帰ってしまったのだ。

――ルールさえ守っていれば、(なん)にも恐れることはありません。

 僕の記憶の中で、丁寧に包んだランプとオイルが入った袋を手渡しながら、久遠さんが嫣然(えんぜん)と微笑んだ。
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