政略婚~腹黒御曹司は孤独な婚約者を守りたい~
―――とうとう家族と思える人は誰もいなくなってしまった。

「明日にでも出ていこう」

お祖父さんのおかげで大学も無事卒業できたし、イギリスに短期留学までさせてもらえた。
就職だって内定している。
十分すぎるくらいのことをしてもらった。
もう一人で私は生きていける。
でも、私は。

「お祖父さんに恩を返せないままだった―――」

目蓋に落ちた雪が溶けて、頬をつたって水滴が落ちた。

「恩は十分すぎるくらいに返したよ」

その声に振り返ると、そこにいたのは黒い喪服を着た壱都(いちと)さんだった。

「井垣会長は君が来て、きっと楽しかったと思うよ。井垣会長のあんな穏やかな顔は生きている間、見たことがなかったからね」

壱都(いちと)さんは雪の中、傘もささずに立っていた。
どうして裏口に?
誰も来ないと思って油断していたせいで、泣きそうな顔をしていたのを見られたかもしれない。

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