マエノスベテ

チャイムが鳴り、彼がドアを開ける。

「おはようございます」

「おはよう」

やけに尖った声が、今日はやや萎びている。
2019/03/19 16:18

 なにがあったのだろう。これは月にあるかないかな珍しいことなので、さすがに心配になった。

「どうかなさったんですか」

 ぼくが恐る恐る出ていくと、彼女はいくらか元気を取り戻し驚いた顔をして耳うちしてきた。
「アンタも、隅におけないね、彼女がいるなら言っておくれよ」

「いえ、彼女ではないから必要ありません」

「え?」

彼女はふくよかな身体の鎧を揺らしながら彼の方へ近づいていく。
「アンタ! 彼女じゃないの!」
「残念ながら。で、なにか困りごとでも?」

彼は冷静に話を戻した。

「ああ、そうだった聞いておくれよ。私は悪くないと思うんだけどね、今朝から大変でさ。
昨日いつものお茶会をするっていうから、婦人の家に行ったんだけど。みんなでテーブルを囲んですぐにね、あそこのお祖母さまが怒って出ていったの。それから今日もまだ機嫌が悪いんだけど」

彼女はブランドの新作らしい口紅をつけた口からえらく捲し立てた。
2019/03/20 16:46
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