壊れた少女は少年にキスをする
9


 二年前。四月。
 千尋と愛依子は高校生になっていた。
 中学生のあの日。殺害計画を立てたことは誰にも知られていない。
 制服を着た愛依子と千尋は、都心の繁華街を歩く。交差点。入り口のマクドナルドに入店し、シェイクとコーラを注文し、座った。
 相変わらずの美少女。髪が伸びて、肩に掛かる。艶やかなセミロングの黒髪。より一層、大人っぽくなった。
 愛依子には周囲の視線が集まる。それを遮るのは千尋である。


 あの日の事件はテレビで報道された。
 凄惨な現場。子供の目の前で夫を殺し自殺した母。共に薬物乱用者。
 しかし全容は報じられない。その日、来訪した中学生がいたことを、世間は知らない。

 事件後、PTSDの疑いがある千尋と愛依子は、精神科医のカウンセリングを受けることになった。
 
 三上琴音。
 警視庁と繋がりがある有名な女医。

 都内の大学病院。千尋と愛依子は別々に琴音と会った。
 最初に会ったのは千尋。
 そして、その後、愛依子。

 真っ白い部屋。隔離された空間。病院とは思えないほど、厳重な警備。診察室の前には警察官が四人。「今日の会話は全て録音される」琴音が言った。

 愛依子は分かっていた。
 自分たちが疑われていることを。

「PTSDっていってね。心的外傷後ストレス障害。こういう、大きな衝撃を体験すると、心が耐えきれず色んな症状が現れてしまうの」
「はぁ……、そうなんですね」
「ええ。どう? なにか症状は出てないかしら? 白昼夢を見たり、落ちつかなくなったり、なにかに怯えてしまったり……」
「いえ、特には」

 父と母は薬物乱用者だった。当日も薬物を使用していた。遺留品には薬物使用の痕跡もある。体から薬物も検出された。
 愛依子の証言。
「母と父が薬でハイになって、暴れて、口論になって、……母が
ナイフを持ちだして父を殺して、自分も刺した」
 その内容に説得力はあった。
 だが、不自然さを警察は感じていた。

 現場にいた中学生男子が、ナイフを持っていたこと。
 両親が死亡したにも関わらず、愛依子が冷静に警察に通報し、証言をしたこと。

「PTSDには三大症状っていうのがあるのよ。回避、過覚醒、再体験。再体験ていうのは、いわゆるフラッシュバックね」
「はぁ、聞いたことはありますが」
「記憶が混濁したりすることもあるわ。その部分だけ欠落したり、違う記憶になっていたり」
「それって自分で分かるんですか?」

 疑う余地はある。
 だが、なんの確証もない。全ては推論。愛依子と千尋は被害者。事実は変わらない。

「ふふふ。あなたは、賢いのね。話していてよく分かる。頭がいいのね」
「別にそんなことは……」
「それにとっても美人ね」
「さぁ……、私にはよく分かんないですけど」
「ううん。分かる。話していて、分かる。あなたは、人を操るのが上手いんだって」

 琴音はカウンセリングを通して、愛依子の本質を見抜いた。寂しさを埋めるために、人を支配して、操る。素直になれない。不器用な子供であることを。

「千尋くん……、とってもいいこね。めいちゃん! めいちゃんに会わせて! って、ずっと叫んでる」
「ふふ……、そうです。千尋は……私のことが大好きだから」
「あなた、なにをしたの?」
「なにもしてないですよ。ただ……、好きだった。私も、千尋のことが好き」
「……あなた、いつか素直にならないと、身を破滅させるわよ」
「……? なんのことだか……」

 千尋は、事件後、愛依子と離された。ナイフを所持していたこと。そして、精神的に不安定だったことが理由である。
 愛依子の側から離れることが出来ない。誰かが愛依子に近づくと、興奮し、大声を出して暴れた。
 しばらくの間、隔離病棟に入院した。


 中学の残り一年はほとんど通えなかった。
 愛依子と千尋は、底辺高校に進学した。四月。放課後。仲良く手を繋いで、デート。
 千尋は、一層、心をを病んだ。愛依子の側から離れられず、近づく者を攻撃するようになった。
 従順なペット。愛依子が望んだ存在。それがよかったのか、悪かったのか、愛依子にはもう分からない。

「めいちゃ~ん、大好き」
「ふふふ、私も、好きよ」

 マクドナルド。窓の見える席でイチャつくカップル。誰も近づけない。千尋がポテトを一つとって、愛依子の口に運ぶ。今度は愛依子が同じことをする。バカップル。高校生。
 そんな周囲の目に紛れて、羨望と憎悪が向けられている。千尋はなにも感じない。愛依子は、察する。

「千尋くん。こんなところにいたんだ。なにしてるの? 学校帰り?」
 
 話しかけてきたのは広瀬ゆず葉。事件の後、疎遠になった同級生。少し背が伸びて、少し大人っぽくなった。

「……め、めいちゃん……」

 ぎゅ、っと千尋は愛依子の体を触る。

「千尋くん、よかったらあたしともお話しよーよ。ね? あ、連絡先教えてよ」
「め、めいちゃん……」
「久しぶり。広瀬さん。なんの用かしら? 私たちね、見てのとぉーり、デート中なんだけどぉ」
「久しぶり。長澤さん。あたしも千尋くんとデートがしたくて」
「め、めいちゃん……?」
「大丈夫よ。千尋。私はどこにも行かないから」
「千尋くんをおかしくしたのは、あなたでしょ。長澤さん。千尋くんを返して」
「返す? はは……、なにも分かってないのはあなたよ、広瀬さん。千尋は元々、こんな子よ? ね? 千尋」
「……? ……うん! めいちゃんが言うならそう!」
「千尋くん……」
「行こ。千尋」
「うん!」

 愛依子は千尋の手をとって立ちあがる。ゆず葉の隣を通って、店外へ。ゆず葉は焦燥感を感じる。行かせてはいけない。無力感を感じる。咄嗟に、手が動く。掴んだのは、愛依子の腕。

「――待って、長澤――」
「――めいちゃんに触らないで!」
「千尋くん」
「めいちゃんは僕が守るんだ!」

 千尋は、冷めた声でゆず葉を掴んだ。氷のように冷たい。これが今の千尋。愛依子を守るために作られた機械。
 
「行こ。めいちゃん」
「ふふ……、ありがと千尋」
「千尋くん……」

 二人が去って行く。ゆず葉は寂しかった。一途な性格。一度好きになった恋は、そうそう終わらない。ましてや中途半端。告白も出来ず、有耶無耶のまま。
 そんなことは許せない。怒りに火がつき執着心が溢れる。もう、やめられない。愛依子と千尋のことがとても気になる。
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