壊れた少女は少年にキスをする
13


 二年後。十月。歌舞伎町のホストクラブ「LOVE」。十九時。千尋は、春野神子として、同伴出勤した。相手は広瀬ゆず葉。一八歳の女子高生である。
 奥の席に案内し、座る。ゆず葉は初めてのホストクラブに興奮している。ミラーボールや、装飾を指さす。
「わぁー、これがドンペリ? 高ーい! いち、じゅう、ひゃく……、に、二十万! すごぉー」
「注文は?」
「え、えっと……、じゃー、ドンペリ」
「はい」
「いやいや! そこは止めてよ! あたし女子高生だよ! 二十万なんて払えないよぉ~」
「はい。分かりました」
「むぅ~、千尋くん、ちゃんと接客してよぉ~。あたしお客さんだよ?」
「……、すいません」
「まぁ、ドンペリくらいはぁ、頼めなくもないけど……、そのお金が長澤さんに渡るのがなぁ。やだなぁ」
「……、お金持ちなんですね」
「そう見える? 違うわよ。あたしの家普通の家だし。でもぉ、千尋くんのためにあの手この手でお金稼いだんだよ。ほら! あたしって結構可愛いみたいだし」
「……、そうなんですね」
「……、全然反応してくれない。つまんない。ちゃんとホストやってよ! 神子くん!」
「やってます。僕は……、こんな感じです。仕事」
「それで、お金稼げるの?」
「はい。よくわかんないですけど」
 
 千尋の接客姿勢は真面目。だが口下手のため、会話は弾まない。普段は、言葉によく詰まる。初対面の相手は苦手だ。だからゆず葉相手は緊張しない。その事実をゆず葉は知らないが。

「ねえ、千尋くん。いや……、神子くん。記憶、本当は覚えてるんじゃないの? あの日のこと」
「……、わかんないです」
「嘘だよ。長澤さんの真似しなくていーのに」
「ほんとにわかんない。わかんないです」
「まぁ、いーけど。もう……、終わったことだから」

 ゆず葉は、三万円のボトルを注文する。お酒は苦手だが、「千尋の前だったら飲める気がする」と、嬉しそうである。
 酒が届いた。千尋は勢いよく飲む。アルコールには強い。毎晩、ボトルを十数本飲むが、ほとんど酔わない。
「ね。千尋くん。あの日みたいに、抱きしめて」
「……、だめです。そういうお店じゃないので」
「あの日、気持ちよかったなぁ。またあーやって、抱きしめてほしいなぁ」
「だめです」
「ケチ!」
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