壊れた少女は少年にキスをする





 六年前の三月。
 小学校六年生だった二人は閑散とした公園で出会った。春休み。午前十一時。春風が舞う公園で一人ブランコに一座っていた千尋に声をかけたのは愛依子だった。
「ねえ、なにしてるの? 千尋くん」
「な、長澤さん……」
「ふふふ、愛依子でいいよ? 千尋くん」
 ランニングシャツにハーフパンツの優木千尋は小柄な体型だった。性格は暗く友達は居なかった。愛依子とは六年間、同じクラスだったが、一言も話したことがない。
 一方の長澤愛依子は鼻筋の通った眉目秀麗な顔立ち。明るく誰にでも優しい性格で異性に好かれていた。学校のアイドル的存在。色白の肌に映える黒髪のボブを女子が真似していた。
「こんなところで一人? ん~? ブランコで遊びに来たの?」
「違うよ……、ただ、行くところがなくて」
「行くところ?」
「うん。僕……、友達居ないし……」
「家に居たらいいのに」
「お父さんは僕のこと殴るしお母さんは美宇のことばっかりで……、家にもあんまりいたくなくて……」
「ふぅん」
 優木千尋は孤独を抱えていた。土木作業員の父は感情が高ぶりやすく、毎晩、飲酒をする。酔っ払っては千尋を殴っていた。専業主婦の母は千尋に関心がない。五つ下の妹、優木美宇を溺愛している。暴行を受ける千尋へ同情はしてくれるが、助けてはくれない。その原因は血縁関係である。
 千尋と母の間に血の繋がりはない。前の母と父の間にできた子供だが、父は離婚し、今の母と再婚した。
 家庭に居場所がない千尋は休日や放課後は近くの公園に来たり、街をぶらぶらしていた。
 その日も、同じだった。

「千尋くん……、寂しいの?」
「……うん」
「そっかぁ。かわいそうだね」 
「……長澤、さん」
「よぉし、よぉし。千尋くんはいいこいいこ」

 愛依子は優しく笑う。母性溢れる手のひらで、千尋の頭を撫でる。
 愛依子は分かっていた。
 千尋の孤独を。
 愛依子には計画があった。千尋を利用した洗脳計画である。その内容は、孤独な少年を愛情で餌付して、支配することだった。
 
「よしよしぃっ。ふふふ、千尋くんはいいこいいこ」
「長澤さん……」
「ふふふ、うんうん。寂しかったね。我慢してたんだね。だから私が褒めてあげる。偉かったね」
「うぅ……、愛依子……ちゃん」

 長澤愛依子は学園のアイドルである。大きくて可愛らしい二重瞼の瞳。シャープな輪郭。整った鼻筋。発育がよくスタイルのいい体。色白の肌……、どれもが同年代の憧れ。
 性格は明るくて優しい。誰にでも平等に接し、差別をしない。振る舞いは上品で女性らしい。
 みんなの人気者。
 
 長澤愛依子には秘密があった。
 愛依子は父親から虐待を受けている。毎晩、性的な虐待を受けている。母はいるが、助けてはくれない。家庭は金銭的に厳しく、荒れている。家は家賃六万の借家。五〇平米の平屋である。父は日雇いの仕事をたまにする。他は競馬やパチンコ等、ギャンブルをしている。母は夜の仕事をしている。繁華街の風俗店だ。三〇代後半の女性だが、豊満な肉体を持っている。顔立ちは整っている。愛依子に似た垂れ目の二重瞼に童顔。客はつくが、収入は限られている。
 荒れた家族。
 愛依子は、この場所から逃げられない、と思っている。家の外での優等生な振る舞いは、全てが嘘。本当は孤独で寂しがり。甘えたり騒いだりしたい。ただの子供のように。

 けれど、やり方が分からない。誰にも本当の自分に気づいてもらえず育ってしまったから。
 三月。小学校を卒業したばかりの愛依子は計画を実行に移した。以前から考えていたことである。父や母を通して、愛依子は人の騙し方を学んでいた。孤独を埋める方法。寂しい少年に愛情を与えて、自分に惚れさせる。愛という餌を通して、思うがままに動く奴隷に仕立て上げる。
 何でもしてくれるお人形。そうしたら私も寂しくない。
 愛依子は容姿に自信があり、またそうした見た目も含め、自分に人の心を惹きつける才能があることを理解していた。 
 
「ふふふ、千尋くん。寂しかったんだね」
「うぅぅ……、めいちゃん、めいちゃん」
「よしよし。んもう……、そんなに抱きしめたら痛いよぉ」
「ご、ごめん。僕……、つい夢中になって」
「うんうん。いいよ。千尋くんはぁ……、かわいいね」
「か、かわいくなんて、ないよ。僕、誰にもそんなこと言われない」
「じゃあ私が言ってあげる。千尋くんはかわいい。とってもかわいいよ」
「めいちゃん……」
「かわいいから、ちゅーしてあげる」
「え……?」
「ほら、こっちぃ向いてぇ……」
 
 愛依子は千尋をそっと抱きしめる。
 そして少年にキスをする。

「ん……、じゅる……、んん、千尋くん、きもちい?」
「う、うん!」
「ふふふ、これがね、愛の味なんだよ。ね! 愛情ってきもちいでしょ?」
「愛の味……! うん! すごいきもちよかった!」
「じゃあ、もう一回する?」
「うん! もっともっと!」
「ふふふ、千尋くんは本当にかわいいね」

 そうして壊れた少女は何度もキスをした。その日、少年の人生は変わり始めた。
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