壊れた少女は少年にキスをする
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 四年前。
 東京都小平市。市立小川中学校。東京の外れにある静かな街の学校である。
 全校生徒は三一一名。学校の隣には小川町運動公園がある。桜や銀杏が植えられ、芝生エリアもある。季節の移ろいを肌で感じられる場所。老若男女問わず、賑わっている。
 
 九月。
 優木千尋と長澤愛依子は十四歳になっていた。二年二組。同じクラスである。
 愛依子は、一層美人に成長した。スラリとした体型。小さな顔。鼻とアゴが高く、横顔が綺麗。目は大きく、平行二重が愛らしい。瞳は瑞々しく、光を反射する。笑顔を絶やさない。口元はいつもニコリとしている。白い肌。透明感に溢れ、ニキビひとつなかった。
 愛依子はクウォーターである。祖母はノルウェー人。アングロサクソン系の遺伝子を受け継いでいる。特徴的なのは、紅い瞳。宝石のように美しい瞳は、愛依子を特別にする。他と一線を画す美少女。学校のアイドル的地位は、自然と手に入った。
 優木千尋は男らしくなった。背が伸びて、骨格も丈夫になった。彫りの深い顔立ち。太めの眉毛が凜々しい。声変わりしたが、声は高いまま。本人は「子供っぽくて嫌だ」と気にしている。しかし、優しい性格と合っていて、「かわいい」と愛依子は褒めていてた。
 
 あの日、十二歳のころ。千尋は愛依子に愛情を貰った。以来、自分に自信を持った。子供は単純である。あのころ、千尋は悩みがあった。両親が優秀な妹ばかりに愛情を注ぎ、寂しかった。ひとりぼっち。性格が暗く、友達もいない。体が小さく運動も苦手。孤独な少年。クラスで不人気。余計に自信をなくしていた。
 だが、子供は変わる。愛依子とのキスがきっかけだ。キスをされ、褒められ、抱きしめられた。愛依子の企みを考える余裕もない。ただ、嬉しかった。認められること。愛してもらえること。受けいれてもらえることが、幸せだった。
 初めてのキスは気持ちがよかった。性的な快楽だけではない。心が通じ合う感覚。誰かと繋がる体験。唾液交換をして、一人ではなくなった気がした。
 以来、千尋は自信を持った。愛依子がいるから、生きていける。愛依子さえいればいい。嫌なことがあっても、愛依子が認めてくれる。褒めてくれる。慰めてくれる。だから、真っ直ぐに生きていける。頑張れる。だから自分も愛依子のためになんでもしよう。愛依子の言う通りにしよう。と、千尋は奴隷に成り下がっていた。

 千尋は無邪気で明るい性格。クラスで人気があった。元より素直だった性格。人と接触が少なく、ガラス玉のように綺麗だった心。愛依子という後ろ盾を得て、前向きになっただけだったが、周囲は驚いた。だが、優しい千尋を誰もが認めた。

 十四歳。中学二年生。二人は付き合っていた。
 校内周知の事実。千尋は、愛依子の側を離れなかった。体を触り、手を握る。スキンシップが豊富。尻尾を振る犬のように、愛依子へ甘えていた。
 愛依子は、満足だった。荒れた家庭環境。父は暴力を振るい、母には放置されている。時々、母に嫉妬の目を向けられることもある。若く、美しい中学生。女として、母に敵対視される。
 千尋を家に引き入れたことはなかった。家庭環境のことも、話していない。が、家の外では、愛をアピールしてくるペットがいる。千尋は無垢。言ったことは守る。命令通りに動く人形だ。
 愛依子は嬉しかった。寂しさを紛らわせる玩具。狙い通りに進んでいた。

 広瀬ゆず葉は優木千尋と同じクラスだった。六年生の春休み。一目惚れした少年。爽やかで優しい千尋のことが好きだった。
 あれから一年と少し。ゆず葉は新生活にも慣れ、中学生活を楽しんでいた。
 元より明るい性格。真面目だがうっかり天然で、愛嬌もある。運動が得意。細身で手足が長いスタイル。目鼻立ちがしっかりした顔。よく響く綺麗な声。
 中学では女子バスケ部に入った。二年生の九月。新チームのエース。キャプテンも任されている。男子にも人気がある。友達も出来た。順風満帆。

 唯一の悩みは恋について。ゆず葉は一途だった。中学生になってから、四回告白された。違う男子に、代わる代わる。
 が、全て断ってきた。中にはイケメンとして人気の男子バスケ部のキャプテンもいたが、付き合う気にはならなかった。
 ゆず葉には王子様がいるからである。
 始めて来た街。途方にくれた時、手を差し伸べてくれた笑顔が忘れられない。
 千尋とは友達だ。仲がいい。一年生、二年生とも同じクラス。家も近所。誕生日が近く同じ班だ。
 しかし、告白は出来ていない。
 千尋に彼女がいることは、入学してすぐに知った。愛依子と千尋は、仲がよくて、いつも一緒にいる。千尋は愛依子の話ばかりする。
 純粋無垢。屈託のない笑顔。千尋の愛を向けられている愛依子が、羨ましかった。

 そんなある日のこと……。
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