壊れた少女は少年にキスをする
6


「千尋……、私もう耐えられない」
「めいちゃん……」
「もう、つらい。嫌だ。生きていきたいくない。死にたい」

 放課後。小川中の校舎裏。体育館と校舎を結ぶ渡り廊下。半分は屋外。九月の風を感じる。
 愛依子と千尋は、手すりに寄りかかって会話をしている。体育館からは声が聞こえる。バスケ部とバレー部の声。走りまわる音。シューズが擦れる音。

「めいちゃん……、つらかったんだね。ありがとう。話してくれて」
「ごめん。千尋……、巻き込みたくなくて」
「ううん。いいよ。僕はめいちゃんのことが好きだから。めいちゃんのためだったらなんでもしたい」
「千尋……」

 長澤愛依子は父親に虐待を受けている。毎晩のように暴力。性的な関係を求められることもある。小さいころからの日常。いつから始まったのか、愛依子は覚えていない。
 それが異常なことだと知ったのは、随分と後。中学一年生のころ、深夜のテレビで観た「エデンの園」というアニメで、児童虐待が描かれていたからだった。作品は、中学生の男女が、それぞれの家庭で性暴力を受ける過激な内容だった。暗闇の底。守られた園は、楽園か地獄か。とメッセージ性の強い内容だった。
 愛依子はアニメ好きだったわけではない。父と関係を持ち、眠れず、夜更かしした夜。偶然につけたテレビに驚いた。登場人物、家族構成、世界観、それがまるで自分のことのように思えた。
 そして、自分は児童虐待をされていること。自分の家庭環境がおかしいことを知った。

「私……、みんなそうなんだって思ってたの。でも……違った。私の家だけ、おかしいんだって」
「めいちゃん……」
「親ガチャ失敗だよね。私」
「でも、彼氏ガチャは当たりだから! 僕がめいちゃんを守るよ!」
「うん……、千尋は優しいね。大好き。ありがとう」
「ううん。僕もめいちゃんが大好きだよ」

 千尋は愛依子の奴隷。純粋な少年は、操りやすかった。愛依子は美少女。人形のように整った顔。紅い宝石の瞳。愛依子が見つめた相手は、意のままに動く。
 天性のカリスマの素質。愛依子は自分の長所に気づいていた。全てが叶う気がしていた。
 だから、千尋をもっと利用しようとした。

「ねえ、千尋。お願い。助けて」
「……、うん!」
「殺して。お父さんとお母さんを」

 千尋ならやってくれると思った。こんなにも私が好きなら、断らない。きっと。殺人罪は大きな罪になる。けれど、殺人教唆だったら、直接手を下すより小さい罪。
 逮捕されて千尋が「愛依子に頼まれた」と、話しても、あくまでも殺したのは千尋。それに、私には情状酌量の余地もある。悲劇のヒロインなのだから。警察だって騙せる。欺ける自信があった。

「うん! 分かった!」
「ふふ、ありがとう。千尋」
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