壊れた少女は少年にキスをする
8


 ――四年後。十月。一七時。
 三上メンタルクリニックを出た千尋は、繁華街へ向かう。夜の街。日中夜間問わず人が絶えない街。東京。ネオンに火が灯る。
 群衆をかき分けてお店へ向かう。千尋が働いているのは、一番街のホストクラブ「LOVE」だ。
 ホスト数五〇名を超える大型店舗。売上額は一ヶ月で一〇億円を越えることもある人気店。
 千尋は優秀だ。売上額は、上から五番目。口下手だが愛らしい容姿。仕草。雰囲気で、女性を魅了する。「可愛いキャラ」としては店内ナンバーワンである。
 収入は相当額ある。が、本人は詳細を知らない。給料は全て琴音に預けている。自己管理は到底無理と思っているからである。
 琴音は、愛依子と千尋の親代わり。ずっと見守ってきた。四年前、千尋と愛依子が遭遇した夫婦心中事件に関わって以来。

――ぎゅうう。

「千尋くん! 待ってってばぁーっ!」
「……また、きみ……」
「わぁっ! あたしのこと思いだしてくれた? ね! 千尋くん!」
「……急ぎなので離して下さい……、ぎぎ」
「む! だ、だめ~! 千尋くんはこれからあたしとデートするの!」
「ぎぎ……、や、やめて下さい。仕事があるんです」
「仕事なんて……、あたしたちまだ高校生でしょ! そんなことより遊ぼーよ! ね! あー、あたし観たい映画があるの! 転校してきた女の子が、カッコイイ男の子と出会って……」
「ガッ――、離して下さい。付きまとわないで下さい」
「むっ。じゃー、ちゃんとお話ししてよ。千尋くん!」
「……、なにを話すんですか?」 
「全部だよ! 全部! 千尋くんが生きてきた人生! それに、あたしのこと! あたしのお話を聞いてよ! 千尋くん」
「……なんで?」
「好きだからに決まってるじゃん!」
「……、僕は広瀬さんのこと好きじゃない」
「……うぅ……、分かってるけど、でも、好きなんだからお話くらいいーじゃん!」
「……、僕はめいちゃんがいればいいから。めいちゃん以外とは話したくない」
「……、ぐぅ……、うぅ……、千尋くん遠慮ないなぁ……。胸に刺さる」
「失礼します」

 千尋はゆず葉の手をほどく。そして、歩き出す。振り返らない。訥々と。冷淡に。

「千尋くん……、諦めないから」

 ゆず葉は燃ゆる視線。一途な性格。一度好きになったら忘れられない。ましてや、あんなことがあったのなら。なおさら。
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