同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。
「だって、鈴が可愛くてしょうがないんだもん。窪塚、可哀想~。こんなに可愛い彼女がすぐ近くにいるっていうのに、忙しくてなかなか会えないなんてね〜」
不意に紡がれた窪塚の名前を認識した途端、目頭の周辺にじわっと熱が集まってきた。
窪塚とは、前回会ってから、一月近くが経っている。
冬の足音が聞こえはじめた十一月という季節柄、インフルエンザのワクチン接種や風邪症候群の患者などが増えたことで、普段より外来診療が忙しくなってきている。
外科医である窪塚の方は、オペが立て込んでいたりして、休みも合わず、チャットでのやり取りや電話くらいだった。
この一月というもの、窪塚と禄に会えていない。
ーー窪塚と会いたい。会ってちゃんと顔を見て話がしたい。
そう思っても、同じ職場のため、忙しい現状はわかっているので、ずっと我慢していたからだ。
だって、一度でも、『会いたい』なんて言ったら、もう我慢できそうになかったし。
そんなこと口にしてしまったら、窪塚は優しいから絶対に無理することがわかりきっているからだ。
そんなことはさせたくなかった。
いずれは結婚して支えてあげなくちゃいけないのだから、今からこんなことじゃいけないとも思っていたからだ。
「でも、いくら忙しいって言っても、同じ職場なんだし。遠慮しないで、たまには我儘言ってもいいと思うよ? 我慢ばっかしてたらいつか爆発しちゃうんだから。今日は目一杯我儘言って甘えちゃいなさいよ? これは、脳外科医の奥さんになった私からの忠告。わかった?」
そのことを心配して気遣ってくれる彩の言葉に、一瞬ぐっときたものの、そこは気合でなんとか堪えしのぐ。
「……うん」
「あーあー、心配だなぁ。よし、ここは、上級医のいっくんから窪塚に伝えてもらおうっと」
「もう、彩ってば、余計なお節介はしなくていいから。それより、早く帰らないと夕飯困るんじゃないの?」
「あっ、いっけない。じゃあ、先帰るね? お疲れ~」
「お疲れ」
昨年春に、ここ光石総合病院の院長であり、私にとっては、父親の従兄にあたる光石譲院長の長男である脳外科医のいっくんこと樹《いつき》先生と彩は結婚している。
そのため、彩とは親戚関係になった。
故に、以前よりも、窪塚のことでは親身に相談にのってくれている。
有り難いことだし、とても心強くもあった。
けれどそのことで窪塚に余計なプレッシャーや負担を負わせたくなかったのだ。
なんとか彩の気を逸らせたことに心底安堵し、深い深い溜息を零すと、いつの間にか誰もいない更衣室の静かな空間に吸い込まれるようにして瞬時に消え入ってしまった。
彩がいなくなり途端に物寂しい雰囲気が立ち込める。
「仕事、終わったかなぁ」
シーンと静まり返った静寂のなか、思わず零した声と寂しさを掻き消すかのように、バッグの中からスマートフォンの軽快な音色が響き渡った。
スマホを取り出し画面を覗けば、窪塚からのチャットが届いていて。
【今終わった。駐車場で待ってる】
窪塚らしい素っ気ない文面に、クスッと笑みを零した私は、すぐに返信を返し、逸る気持ちを抑えつつ窪塚の元へと足早に向かったのだった。