同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。
ーー親戚のことだし、家も隣同士でずっと家族ぐるみの付き合いだったようだし、窪塚にとっても家族同然なんだから、笑顔で見送ってあげなきゃ。
そう思うのに……。なんだか釈然としないものを感じてしまい、笑顔を作ろうにも、顔が引きつってしまう。
そうこうしているうちに、予想通りすぐに駆けつけるつもりでいるらしい窪塚の声が意識に割り込んできて。
「あー、わかった。すぐに向かう」
私が知らず俯けていた顔を上げると、通話を終えたばかりの窪塚の顔が待ち受けていた。
普段の飄然とした雰囲気は全くなく、怖いくらいに真剣な眼差しとキリッとした面持ちへと豹変した窪塚の姿は、『脳外の貴公子』と呼ばれるに相応しい、優秀な脳外科医そのものだ。
いつもの私なら、たちどころに胸をキュンキュンとときめかせていたに違いない。
それがまったくときめかないどころか、得体の知れない不安のようなものが、胸の奥底に澱みのように沈殿していくようだ。
なんだろう。このスッキリとしないモヤモヤとした妙な感覚は。
私が可笑しな感覚に囚われていると、いきなり窪塚にぎゅうぎゅうと胸に抱き寄せられていて、耳元に申し訳なさげに囁きを落としてくる。
「鈴。ごめん。弥生の祖父が脳梗塞で倒れたらしい。幸い意識があって、親父に心配かけたくないって本人が言ってて、うちに緊急搬送されてくるらしい。不安がってて、どうしても俺に診て欲しいって言ってるそうなんだ。今日の埋め合わせは絶対する。ごめんな」
私はどこから来るのかよくわからない不安な思いを無理矢理胸の奥底に抑え込んだ。
そうしてできうる限り気丈に振る舞い、
「何言ってんのよ? 仕事でしょうが。私のこと気遣う間があったら、さっさと着替えなきゃダメでしょう? ほら、速く」
私のことを気にかけシュンとしてしまっている窪塚の背中を後押しして、快く送り出すことに成功した。
けれども窪塚がいなくなった途端に例えようもない寂しさと不安とが押し寄せてくる。
それらをなんとか紛らわせようと、寝室のベッドに潜り込んだ私は、窪塚の匂いとぬくもりを感じながら暫く動けないでいた。