同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。
募る想い
相も変わらず仕事の忙しさに追われているせいか、あと一週間もすれば師走を迎えるなんて、本当に時間が経つのはあっという間だ。
窪塚にプロポーズされた日から早いもので二週間が経とうとしている。
あれから何度か窪塚から電話があって、皐さんの祖父が、脳の太い血管で動脈硬化が進行したことによる『アテローム血栓性脳梗塞』であったこと、超急性期(発症から六時間以内)に点滴での投薬治療を施し、カテーテルを用いて血栓を除去する血管内治療により、病状が落ち着いているということを知った。
現在は一般病棟での投薬治療が続いているらしいのだが、初めての入院ということで不安からか、せん妄(病気や外部からの刺激によって引き起こされる意識障害の一種。幻覚、妄想、興奮、失見当識を起こし周囲の状況が飲み込めず混乱し、短期間のうちに、まるで人格が変わったかのように不穏な状態になる)の症状が著しく、連日のように皐さんとご両親とが交代で付き添っているらしい。
ちなみに、姉の弥生さんは第一子を妊娠中のため付き添うことは困難だ。
それだけなら、別になにも案じたりはしないのだが、ここ数日、そのことで妙な噂が囁かれているせいで、私の不安はピークに達しかけていた。
噂というのは、皐さんの祖父の担当医である窪塚と付き添いである若い女性=皐さんと深夜に仲睦まじく親しげに話していたとか、泣いているのを慰めているうちにしっかりと抱きしめ合っていたとかいうものだ。
おそらく、せん妄の症状が酷いために、付き添っていると心労も重なり精神的にも辛いために、家族同然に育ってきた窪塚なりに、皐さんのことを気遣ったり励まそうとしての事だったに違いない。
もしかしたら皐さんのお母さんだったかもしれないし。
それに、別に抱き合ってなどいなかったと思う。
きっと噂に尾ひれがついているだけだろう。
その噂の出所だって、この春、内科専攻医になったばかりの羽田だったから、以前私に言い寄ってきた前科もあるし、はじめは気にもとめていなかった。
けれども、あれから忙しくて窪塚と一度も会えていないことで、あれこれ想像しては、一人落ち込んでしまうという、そんな日々を送っている。
そんな状態だった私は、近頃溜息ばかりついていた。
外来診療を終えた木曜日の昼下がり。
屋上のテラスで彩と一緒にランチタイムの最中、一向に減らない自作のお弁当を前に溜息を連発していた私は、向かいに座る彩から鋭い指摘を受ける羽目になっている。
「もう、ちょっと、鈴。さっきからずっと溜息ばっかりついてるけど。そんなに気になるなら、窪塚に会って直接確かめたらいいんじゃないの?」
「ははっ、やだなぁ、彩ってば。あんな噂なんか信じてないってばぁ」
本当は、彩の指摘通りで、噂が気になって仕方ないクセに、窪塚に余計な心配をかけたくないとか、煩わしく思われてしまうなどと、もっともらしい理由をこじつけては、不安な想いや憤りを胸の奥へと葬り去っていた。
だからって、消えるわけではないので、諸々が澱みとなって、蓄積していくだけだ。
それを必死になって、仕事の忙しさで紛らわせることしかできないでいる。
「もう、鈴ってば強がってばっかりなんだからぁ」
「別に、強がってなんかないってば。窪塚のこと信じてるから平気なだけだし」
勿論、窪塚のことを信じたいという気持ちだってある。
あるからなおのこと、窪塚には言い出せないでいた。