同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。
初めての差し入れ
午後の診療もスムーズに進んで、珍しくいつもより早い時間に仕事を上がることができた。
帰りに食材を買って家に帰り着いたのが午後六時半過ぎ。
それから慌ただしくお弁当の準備に取りかかって、七時過ぎには仕上げることができた。
これも、もうすぐ結婚するのだからと、自分のお弁当を作ったり、母と一緒に料理を作るようになっていたお陰だ。
「出汁巻き玉子も多めに入れたし。肉詰めピーマンに、ジャーマンポテト、ナムルにほうれん草のおひたしにミニトマト、野菜も入ってるし彩りもよし。これで完成と」
我ながら、見た目も味も、なかなかの出来映えじゃないかと詰め終えたばかりのお弁当を満足気に眺めていると、父の会社で現在修行中の四つ違い弟・駿《しゅん》が帰宅して早々、匂いを嗅ぎつけてきた。
「おっ、美味そーじゃん」
リビングダイニングからひょっこりと現れたかと思えば、いつの間にやらすぐ隣でお弁当箱の中を覗き込んでいる。
覗き込んでるだけならいいが、絶対それだけで終わるはずがない。
「あっ、こら、駿。なにつまみ食いしようとしてんのよッ!」
慌ててお弁当を背後に隠して駿を追い払うために威嚇するも。
「なんだよ、姉貴。親切心から毒味してやろーと思ったのに」
ちっとも悪びれる様子もなくふざけたことを言ってきたので、いつもの姉弟喧嘩が勃発したのだった。
「何が親切心よ。ただ食べたかっただけでしょうがッ! まったく、油断も隙もないんだから。フンッ!」
「ヒッデー言い草だよなぁ。そのうち圭さんにも愛想尽かされんじゃねーの?」
「駿こそ、彼女に振られるんじゃないの……て、あっ、もうこんな時間。じゃあちょっと出かけてくるから、パパが帰ったら仕事で遅くなるって言っといてね」
「えー、面倒くせぇ」
「残り全部食べていいから」
「オッケー、りょうかーい」
出がけになんやかんやあったものの、両親の帰宅前に無事準備を完了させ、逸る気持ちを抑えつつ窪塚のいる光石総合病院へと再び足を向けたのだった。
別に両親がいても差し支えはないのだが、少々照れくさいというのが本音だ。
それに、窪塚が近々挨拶にくることも伝えてあるので、心配性の父をあまり刺激したくないというのもあった。
マンションのエントランスを抜け、呼んであったタクシーの後部座席に乗り込んだ。
すぐに発車した車窓の流れる煌びやかな都会の景色を眺めながら、二年前に窪塚と付き合うようになってこれまでのことを思い浮かべてみる。
付き合い始めた当初、経験の乏しさから、職場での対応に私は戸惑ってばかりだった。
それを見かねた窪塚が職場ではこれまで通り、同期という関係性でいこうと提案してくれて、同僚の前では今でもお互い名字で呼び合っている。
そんなこともあって、仕事とプライベートはきっちりと区別してきた。
なのでこうやって、職場に差し入れをするなんて事自体初めてだ。
窪塚に会えるのはとっても嬉しいことだけれど、そういうことに加え、例の噂のことがどうにも引っかかって、不安な気持ちを拭いきれないでいるせいで、今頃になって緊張してきた。