同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。
そんなこともあり、これから差し入れに行くということも、窪塚には連絡できていない。
ーーきっと大丈夫。あんな噂なんか気にしない。窪塚のこと信じてるもん。
祈るような気持ちで膝上のお弁当の入ったトートバッグの持ち手をぎゅっと握りしめていた。
やがて到着した見慣れた職場である光石総合病院の脳外科の医局の前まで来たところで、私は彩の夫であり親戚である樹先生とばったりと出くわし。
「おっ、誰かと思えば、鈴。珍しいじゃん。もしかして、窪塚に差し入れか?」
「あっ、否、その。ちょっと夕飯作り過ぎちゃって、ついでというか、まぁ、そんなとこ……」
「へぇ、ついでねぇ」
おじさん譲りの軽い調子で、ニマニマとした含みのある意味深な笑みを向けられ、途端にしどろもどろになってしまう。
「……う、うん。窪塚ーー」
「ーーあっ、おーい、窪塚~。未来の奥さんがお前に差し入れだってさぁ」
さっさと窪塚を呼んでもらおうと思っているところに、ちょうどタイミングよく窪塚が現れたようで、背後に振り返ると、そこには、おそらく皐さんだと思われる若い女性と一緒にこちらへ歩み寄ってくる、ロイヤルブルーのスクラブの上に白衣を纏った窪塚の姿があった。
一瞬、驚いた表情を見せたものの、瞬く間に満面に無邪気な笑顔を綻ばせ、「鈴」と呼ぶと同時に、駆け寄ってきた窪塚によって私はぎゅうぎゅうと抱きしめられてしまっている。 そうして。
「吃驚した。夢かと思った。すっげー嬉しい」
驚きつつも酷く感慨深げに噛みしめるようにそう言われ、泣きたいぐらいに嬉しくなった。
けれど親戚とは言え樹先生もいるし、皐さんもいる。
「もう、ちょっと、こんなとこで何やってんのよ。仕事中でしょッ!」
「あっ、ああ、悪い。嬉しくてつい」
途端に恥ずかしくなってきて、ぱっと弾かれたように離れて窪塚といつものやり取りを繰り広げていると。
「ハハハッ、今さらかよ。ちょうど休憩とることだったし。邪魔者は消えるからどうぞごゆっくり〜」
樹先生が呆れたような声を放ってすぐ、茶化してから、白衣を翻して医局の中に姿を消した。
残された皐さんは皐さんで、クスクスと笑いながら。
「圭兄ってば、子供みたい。鈴さん、圭兄、図体はでかいクセに、ちょっと頼りないとこあるかもですけど、いー奴なんで、一つよろしくお願いしますね」
女性らしいお姉さんとは真逆でベリーショートがよく似合う活発そうな見かけ同様、男前な台詞に続いて。
「ではでは、ごゆっくり〜」
樹先生に倣うように、含みを含んだ言葉を残すと、驚きすぎて声を出せずにいる私に、爽やかな笑顔を向けくるりと踵を返してスタスタと歩いて行ってしまう。
残された私は唖然としてしまっている。
その隣で、皐さんに向けて、窪塚が放った、
「おい、こら、皐。もっと言いようがあるだろうーがッ!」
この言葉にも、皐さんは、顔だけで振り返って、口パクで、あっかんべーを返し、今度こそ立ち去ってしまうのだった。