同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。
大事なこと
おそらく、窪塚もそう思っているから、断ったに違いない。
でも、本当は、行ってみたい。行って自分の腕がどこまで通用するのか確かめてみたいと思ったはずだ。
いつだったか、光石総合病院には、私のことを追ってきたのもあるけど、『親父のように大学病院の後ろ盾がなくても自分の腕一本で頂点までのし上がってみせる』という気持ちもあったと言ってたことがある。
そういう強い思いがなかったとしても、今回の話は、またとないチャンスだ。
今は、これが一番正しい選択だと思っていたとしても、年月が経てば、後悔するときがくるかもしれない。
ーーいいや、絶対に後悔するに決まってる。
それをわかっていても、どうしても踏ん切りが付かない。
夢を追いかける窪塚のことを夫婦になって支えてあげたいって思うのに……。
まだ聞いて間もないこともあって、父親の反対を押し切って、仕事も辞めて、シンガポールまで着いていく覚悟が持てないでいる。
叶うなら、ずっとずっとこのまま変わらずにいたいと願ってしまう。
数秒間続いた沈黙の後、私のことを胸に抱き寄せたままだった窪塚が心底嫌そうに溜息交じりの声を漏らした。
「あーあー、仕事、戻りたくねーなー」
「もう、何言ってんのよ。仕事中でしょ」
それに対して、いつものように咎めながらも、さっき聞かされた事が頭の中でグルグルととぐろのように渦巻き続けている。
窪塚も、敢えてさっきのことには触れないようにしているのが、揺れている気持ちの表れのような気がしてならない。
今こうしている間にも、自分自身に、しょがないじゃないかって、折り合いをつけるのに必死なのかも。
「なんだよ。鈴は一秒でも長く俺と一緒にいたくねーのかよ。俺は一秒でも鈴と離れていたくないってのにさ」
「そんな訳ないでしょ。バカ」
「バーカ、わかってるって」
お互い、核心に触れてしまうのが怖いせいか、話が途切れてからも、離れがたくて、しばらくの間、しっかりと抱きしめ合ったままでいた。
***
やがて休憩時間も終わり、窪塚にエレベーターの前まで送ってもらい、辿り着いた一階のエレバエーターホールから職員通用口へと向かおうとしていたときのことだ。
「鈴さーん。よかったー、間に合って。実は、ちょっと気になることがあって、少しお時間大丈夫ですか?」
背後から誰かが走り寄ってくる気配がしてすぐに名前を呼び止められ振り返った先に皐さんがいて、不思議に思っていると、小走りだったせいか、僅かに息を弾ませながら問いかけられたことにより、近くにある長椅子で皐さんと隣り合って話しているところだ。