同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。
呼び止められた時には、一瞬、例の噂が頭をかすめて、やっぱり皐さんは窪塚のことが好きなんじゃないだろうかと、勘ぐりもしたが、今はそれどころじゃない。
とりあえず、立ち話もなんだからということで腰を落ち着けることになったのだった。
皐さんの話によると、数日前、皐さんの祖父のお見舞いに訪れていた窪塚の父親と窪塚が廊下の隅で話していたのをたまたま耳にしてしまったらしい。
その話というのは、例のクリス博士からのお誘いの件で、父親から、
『こんな機会は滅多にないんだ。返事は保留にしてもらっておく。鈴さんとも相談してもう一度よく考えてみなさい』
そう言われていたのに対し、窪塚は、
『相談するまでもない。俺は行かない』
取り付く島もないといった様子で、聞く耳を持とうとしていなかったらしい。
しかし父親が帰った直後、傍にあった長椅子に腰を落として、しばらくの間頭を抱え込んで何かを考え込んでいたらしい。
そのことを話してくれた皐さんは、こうも言っていた。
「圭兄、本当は鈴さんに着いてきて欲しいんだと思います。『俺には勿体ないくらいの自慢の彼女だ』って何かあると鈴さんのことばっかり話してるんで。鈴さんも圭兄のこと好きなら、お願いします。圭兄に着いていってあげてください。あの、部外者とはいえ、彼が研修医になったばかりで、なんか他人事に思えなくて、すみません」
最後の言葉には、例の噂の疑念が完全に晴れて、心底ホッとしたけれど。
正直、そんな簡単な話じゃないとも思った。
でも、言われてみれば、案外単純なことなのかもしれない。
結婚したら、恋人同士の今とは違って、誓いの言葉にもあるように、病めるときも健やかなるときもーーどんなときもお互いを想い合って支え合っていかないといけない。
それがちょっと早まっただけだと思えばいいだけの話なんじゃなかろうか。
窪塚と結婚し一生を共にするなら、答えはひとつしかない。
ーー窪塚の夢を叶えるために一緒にシンガポールに行く。
大事なのはお互いの気持ちだ。
お互いの気持ちが揺るがなければ、他のことなんてどうとでもなるはずだ。
皐さんの真っ直ぐな言葉に感化された私は、思い立ったが吉日。
「皐さん、ありがとう。ちょっと難しく考えてたみたい。気づかせてくれてありがとう」
そう言い放つやいなや、長椅子からすっくと立ち上がり、窪塚の元へと足を踏み出した私のことを後押しするかのように、
「あっ、はいッ! 頑張って〜!」
皐さんのエールがシーンと静まりかえった院内に木霊のように響き渡っていた。