同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。
その音に何気なく振り返ろうとしたのだろう窪塚の身体に体当たりするようにして飛びついた私のことを、咄嗟にもかかわらずしっかりと受け止めてくれた窪塚の酷く驚いた声が耳元をかすめた。
「おわぁー! って鈴!? な、なんだよ吃驚すんだろ」
「さっきは吃驚しちゃって何も言えなかったけど、私、行くからッ!」
「……ん? 行くってどこに? 俺、仕事中だけど」
「バカッ! そんなことわかってるわよ。行くって言ったらシンガポールに決まってんでしょーがッ!」
「はっ!? いやいや、さっき断ったって言っただろッ」
「それ、撤回してくれなきゃ、私、結婚なんてしないからッ!」
「ーーはっ!?」
驚愕しきりの窪塚に向けてしっかりと放った私の言葉に、窪塚は目玉が落ちるんじゃないかと危惧するくらい目を大きくひん剥いている。
窪塚が驚くのも無理はない。私だって、自分の言動に吃驚しちゃってんだから。
でも、この決断に一切悔いはない。
もう私の中では決定事項だ。
驚きを隠せないでいる窪塚に構うことなく、私は続けて声を放ち続けた。
その傍らでは、樹先生がクックと喉の奥を鳴らしていたのが。
「腕はいいけど彼女のことに一途すぎてヘタレな窪塚には、鈴みたいに、気が強くて尻を叩いてくれるような嫁さんじゃないとなぁ。まぁ、尻に敷かれて一生頭は上がんねーだろうけどなぁ。ハハハッ」
いつしか豪快に笑い出していて、一頻り笑ってから。
「ご愁傷様、窪塚。気の毒なお前には、もうすぐ親戚になる心優しい人生の先輩から、一時間だけ休憩時間をあげるとしよう。なーに餞別だ、遠慮すんな。じゃーな」
なにやら聞き捨てならないようなことをヌケヌケと抜かしていたようだけれど、二人の世界にどっぷりと浸っていた私には、何も届いちゃいなかった。
そんな私の意識に、樹先生に対して窪塚が返した、
「……や、あの、何がなにやら頭パニックなんで助かります」
声が朧気に木霊していたけれど、窪塚のことをなんとかして説得しようと必死だったので、内容など頭には入っちゃこなかった。