同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。
「私は、大事な娘を『ください』なんて言われても、物のように『はい、どうぞ』なんて言うつもりは毛頭ない。何があろうと、鈴がずっと私たち夫婦の大事な娘であるのは変わらないし、大事な娘がこうしたいと決めたことに口を出すつもりもない。嫌になればすぐに帰ってくればいいだけの話だからね。ただ、娘を泣かせることだけは許さない。そのことをしっかりと肝に銘じておきなさい」
最後の最後になって、窪塚のことを真っ直ぐに強い眼差しで見据えながら、しっかりと言い放っていた。
「は、はいっ。勿論です。お約束します」
それに対して窪塚も驚きつつも、しっかりとした口調で即答を返していたけれど。
未だ半信半疑の私は、狐にでも化かされているような心地だ。
兎に角、しっかりと確認をとらないことには、安心なんてできない。
あとになって、結婚を許した覚えはない。なんて言われても堪らない。
「……パパ。それって結婚を許してくれるってこと? シンガポール行きのことも?」
けれども、それに対して答えてくれたのは、
「悪いが、これからリモート会議があってね。失礼するよ」
いつぞやのように、下手な嘘としか思えない言葉を置き土産に、驚くほどの速さで書斎へ逃げ込むように引っ込んでしまった父ではなく、やれやれといった様子で父の背中を眺めていた母だった。
「折角、挨拶に来てくれたのに、ごめんなさいね」
「ああ、いえ、とんでもないです」
「ママ、どういうこと?」
母の言葉に恐縮する窪塚の隣で、私は前のめりになって母に迫っていた。
「隼も私も、結婚のこともシンガポール行きのことも反対しないってことよ。安心なさい」
「ホントにホントに、許してくれたってことでいいの?」
あまりにもあっさりと許してもらえたことで、何度確認しても、信じられなくて、何度も確認してしまう。
「言ってた通りだと思うけど。お決まりの挨拶なんて聞いちゃったら、泣いちゃうじゃない。そんな姿見せたくなかったのよ、きっと。複雑な父親の気持ち察してあげなさい」
「……は、はい」
ようやく許してもらえたんだと理解でき、返事を返したものの、なんだか夢でも見ているような心地だ。
「隼にとっても私にとっても鈴は大事な娘よ。窪塚君と結婚して、姓が変わってもずっとね。けどだからって、親が子供の人生にまでは口は出せないじゃない。だからね、鈴が決めたことには反対なんてできないってことよ。自分で決めたからには窪塚君のことをしっかり支えて頑張るのよ?」
「……うん、ありがとう」
そうして最後にそう言ってくれた母の言葉で、両親からもらった言葉に込められた無償の愛に、感極まってしまう。
「窪塚君、至らない娘ですけど、鈴のことお願いしますね」
「あっ、ありがとうございます。鈴さんのこと、絶対に幸せにします」
母と窪塚とのやり取りをBGMに、これまたいつぞやのようにぽろぽろと大粒の涙の粒を零し始めた私にいち早く気づいた窪塚が、スーツのポケットからハンカチを取り出して優しく拭ってくれている。
その様子を微笑ましく見遣ってから、静かに立ち上がった母が父のいる書斎へと向かったあとも、しばらくの間動けずにいた。