四角い部屋の水槽 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

　俺は相変わらず煙い店内に時折り目
を細めながら、3杯目のジョッキに口
をつけながら、肩を竦めた。

　「エライことになってた、って？」

　俺の話に興味津々と言った顔で、
彼女が耳を傾ける。俺は一度口をへの
字に曲げると、うーん、と呻った。

　「リビングに癒しの空間を作ろうとし
て買ったらしいんだけど、思った以上に
水槽の掃除が大変だったみたいなんだ。
で、あっという間に水槽がコケだらけ。
しかもさ、うちの親父、ちゃんと混泳
できる魚を調べなかったみたいで、
魚同士が共食いしてるんだ。朝起きて
水槽を覗いてみたら、エンゼルフィッ
シュの口から魚の尾っぽが飛び出して
んの。あれは、マジでビビったな」

　あの時の信じがたい光景を思い出し
ながらそう言った俺に、彼女がしたり
顔で「わかる、わかる」と頷く。

　そうして、食べ終えた焼き鳥の串を
アルミ製の串入れにポンと捨てると、
両肘をついて顎を載せた。

　「熱帯魚の飼育って、難しくてすごく
手間がかかるのよね。実は、私の部屋に
も小さな楕円形の水槽があるんだけど、
グッピーの尾っぽがかじられちゃったり、
お魚同士がケンカしちゃったりで、困っ
てるの。一応、混泳させやすい種類を
セレクトしたんだけど……個体によって
も温和な性格とそうでない性格の子が
いるみたい。エンゼルフィッシュの
ゴールデンは狂暴みたいだから避けた
んだけどね。アカヒレとか、テトラ
みたいな小さい魚は、あっという間に
食べられちゃうみたいよ」

　「やっぱり、エンゼルとネオンテト
ラは混泳させちゃいけない魚種だったの
か。あの感じだと、毎日一匹ずつ喰われ
て水槽からテトラがいなくなりそうでさ。
水槽はコケだらけだし、魚が魚に喰われ
てるしで、水槽がまったく癒しになって
なかったよ」

　苦笑いしながら、俺はジョッキのビー
ルを飲み干す。彼女もその話に肩を竦め
ながら、飲みかけのカシスソーダを喉に
流し込んだ。


　結子はとにかく、引き出しが多かった。

　だから、こうして二人で飲んでいても、
沈黙に困ることはまずない。

　会話を盛り上げるヒントとして、話題
の頭文字を覚えやすくまとめた「たちつ
てとなかにはいれ」という言葉があるが、
食べ物・地域・通勤・天気・富・名前・
体・ニュース・流行り・異性・レジャー
という11種のどの話題を振っても、彼女
はこうして楽しく会話を広げてくれるの
だった。

　その彼女が、ほんのりと頬を朱く染め
ながら話を続ける。今日はいつもより、
少し酔いが回っているように見えた。

　「ナマズの仲間のコリドラスとかプラ
ティなら、エンゼルと混泳させても平気
みたいだけど。水槽の中で隔離して飼育
するのは無理なのかな？」