四角い部屋の水槽 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
「さあ、どうだろうな。水槽の掃除を投げ
出してるくらいだから、そんな器用なことが
親父に出来ると思えないけど。取りあえず、
俺が掃除してきたからしばらくは観賞魚と
しての役割は果たしそうだけどね」
そう言って、両掌で天井を仰いで見せた
俺に、彼女は「そっか」と呟き、何げなく
厨房の方に目を向けた。彼女の視線を辿る
ように、俺もそちらを見やる。
もくもくと天井にまで上がる白い煙の中
で、黒いバンダナを頭に巻き付けた店員が、
時折り汗を拭いながら黙々と焼き鳥を焼い
ている。焼いている方も、煙い中でそれを
食べる客も、大変と言えば大変だが、炭火
でじっくり焼かれ、燻煙された焼き鳥
は香りも香ばしく、とても旨かった。俺は
空っぽになった焼き鳥の皿を見、メニュー
に手を伸ばすと、また焼き鳥を選び始めた。
その俺に、彼女が話しかける。
「そう言えば、最近、仕事の方はどう?
沢山店舗を抱えてるから、移動が大変だっ
て、この間も言ってたけど」
それは会うたびに、どちらともなく触れ
る話題だった。俺は顔を上げ、メニューか
ら彼女へと視線を移した。彼女は厨房を
向いたまま、俺を見ていない。
「もうすぐ一年になるからな。最初の頃
は店舗の場所を覚えるだけでも大変だった
けど、今は要領よく店舗を巡回しながら
体力を温存出来るようになったよ。残業自
体は販促やってたときより少ないし、責任
や課題は多いけどやりがいあるし、こっち
の仕事の方が自分に向いてると思ってる」
そう答え、手にしていたメニューを広げ
たままテーブルへ置く。
現場と本社のパイプ役であるエリアマ
ネージャーの仕事は、時にその均衡を維持
するのが難しいこともあった。けれど、
沢山の人と接することでコミュニケーショ
ン能力は自ずと上がって来るし、人を育て
る力というのも自然についてくる。
中々バイトが決まらず、人員が不足して
いる時などは店に出て接客することもある
が、それはそれでバイト時代の経験を活か
せるし、現場スタッフとの意思疎通を図り
ながら店の売り上げに繋げることも出来た。
自分の努力が売り上げに直結し、成果と
なって目に見えればモチベーションも上が
る。だから忙しくても、“仕事面”では日常
は充実していた。
「相変わらず頼もしいね、滝田くんは。
真面目で、人望があって、リーダーシップ
もあって」
ゆるりとこちらを向き、彼女が微笑を浮
かべる。その表情は、どこかいつもと違っ
ていて、胸の中をざらりと何かが撫でて
ゆく。
「そういう五十嵐さんこそ、いつも完璧
に仕事こなしてて、頼もしいよ。誰が見て
も、五十嵐さんは非の打ち所がないと思う
だろうし。あ、でも、新しい専務が来てか
らはやり辛いって言ってたよな。横柄な
態度は相変わらず?」
以前、そう愚痴を零していたのを思い出
して訊ねると、彼女は小首を傾げて見せた。
出してるくらいだから、そんな器用なことが
親父に出来ると思えないけど。取りあえず、
俺が掃除してきたからしばらくは観賞魚と
しての役割は果たしそうだけどね」
そう言って、両掌で天井を仰いで見せた
俺に、彼女は「そっか」と呟き、何げなく
厨房の方に目を向けた。彼女の視線を辿る
ように、俺もそちらを見やる。
もくもくと天井にまで上がる白い煙の中
で、黒いバンダナを頭に巻き付けた店員が、
時折り汗を拭いながら黙々と焼き鳥を焼い
ている。焼いている方も、煙い中でそれを
食べる客も、大変と言えば大変だが、炭火
でじっくり焼かれ、燻煙された焼き鳥
は香りも香ばしく、とても旨かった。俺は
空っぽになった焼き鳥の皿を見、メニュー
に手を伸ばすと、また焼き鳥を選び始めた。
その俺に、彼女が話しかける。
「そう言えば、最近、仕事の方はどう?
沢山店舗を抱えてるから、移動が大変だっ
て、この間も言ってたけど」
それは会うたびに、どちらともなく触れ
る話題だった。俺は顔を上げ、メニューか
ら彼女へと視線を移した。彼女は厨房を
向いたまま、俺を見ていない。
「もうすぐ一年になるからな。最初の頃
は店舗の場所を覚えるだけでも大変だった
けど、今は要領よく店舗を巡回しながら
体力を温存出来るようになったよ。残業自
体は販促やってたときより少ないし、責任
や課題は多いけどやりがいあるし、こっち
の仕事の方が自分に向いてると思ってる」
そう答え、手にしていたメニューを広げ
たままテーブルへ置く。
現場と本社のパイプ役であるエリアマ
ネージャーの仕事は、時にその均衡を維持
するのが難しいこともあった。けれど、
沢山の人と接することでコミュニケーショ
ン能力は自ずと上がって来るし、人を育て
る力というのも自然についてくる。
中々バイトが決まらず、人員が不足して
いる時などは店に出て接客することもある
が、それはそれでバイト時代の経験を活か
せるし、現場スタッフとの意思疎通を図り
ながら店の売り上げに繋げることも出来た。
自分の努力が売り上げに直結し、成果と
なって目に見えればモチベーションも上が
る。だから忙しくても、“仕事面”では日常
は充実していた。
「相変わらず頼もしいね、滝田くんは。
真面目で、人望があって、リーダーシップ
もあって」
ゆるりとこちらを向き、彼女が微笑を浮
かべる。その表情は、どこかいつもと違っ
ていて、胸の中をざらりと何かが撫でて
ゆく。
「そういう五十嵐さんこそ、いつも完璧
に仕事こなしてて、頼もしいよ。誰が見て
も、五十嵐さんは非の打ち所がないと思う
だろうし。あ、でも、新しい専務が来てか
らはやり辛いって言ってたよな。横柄な
態度は相変わらず?」
以前、そう愚痴を零していたのを思い出
して訊ねると、彼女は小首を傾げて見せた。