秘密の多い私達。
第9章

結末は、 1


 隠している真実を言葉に出してしまったら世界はどう変わる?

 全てが変わる覚悟が私にはある?


「……今夜どんな格好していこうかな」

 アメリカに帰国する日が明日で食事会は今夜。その話を聞いてから
あっという間だったような、そうでもないような。
 定時で帰宅出来るタイミングを何度も時計を見ては軽く憂鬱。

 どうせもう響子さんだって分かってるんだろうし。
 分かっている者同士の会話はきっと心がもう少し楽になる。

「今夜飲みに行かない?」
「珍しいですね。いつもすぐ帰る組なのに」
「姉からの指令で貴方の情報を探れって言われてるから。
なんと成功報酬に1万円~」
「あ、あの。それ言っちゃったら駄目なんじゃ」
「だって女同士の腹のさぐりあいは嫌いだから。それに、
丘崎さんはそんな黒い子じゃないって分かってるし」
「はは…あの、すみません。今夜は……実家に帰る予定で」
「そっか。前に言ってたもんね。親にちゃんと顔見せてあげなよ」
「はい」

 ああ、すみません先輩。嘘をつきたくてついてるんじゃないです。
さっさと片付けをして帰る準備。付き合いもある程度はしないと
 孤立してしまうから次はちゃんと飲みに行こう。

 1階まで帰宅する人の波に押されながらじっと過ごして。
 やっと出口が見えてくる。会社が大きいと移動も大変。

「丘崎さん」
「はい?」

 あと1歩で外という所で呼ばれて振り返ったらたまに挨拶する
くらいの社員さん。彼に名前を名乗ったっけ?
 でも同じ職場なら変でもないか。外回りから戻ってきたぽい。

「今帰る所?だったらちょっとだけ待ってもらえないかな」
「私じゃなくても上にまだ」
「いや、君を誘いたいんだけど。食事とか、飲みとか」
「突然ですね。そんな風に営業でもグイグイ行くんですか?」
「え。あはは。…だめ?」
「ごめんなさい。私急ぐので」
「前に名刺交換したの忘れてるならもう1回渡すけど」
「いいえ。大事な名刺ですからお仕事で使ってください」
「そう。じゃあ。また日を改めて誘うよ。丘崎さん」

 にこっと笑ってあっさりと去っていった。名刺を交換している人
ということは交流会で会っているみたい。後でごちゃまぜになっている
 名刺をきちんと収めようと思う。
 基本的な事なんだからもっと早くやりなさい。と怒られそうだから。

「……悪い人では無さそうだったなぁ」

 なんてぼやきながら無事に脱出して部屋に戻り。
あの時のワンピースは止めておいて別の違う無難そうな服にしておく。
お値段は半額以下の安物。どうせそんな見ないだろうし。

 あたふたと準備している間に社長から部屋に居るかの
確認メッセージが届く。
 連れて行ってもらわないと会場が分からない。

「君、今から夕食って言ってるのにパンを食べてる?」
「食べてます」

 正確にはマンションのエレベーター内で食べて最後の咀嚼中。
何でパンだと分かったのかは分からないけど。外にでて合流
 したら訝しい顔でこっちを見つめてきた。

「そんなに空腹が我慢ならなかった?」
「5人で食事なんて緊張してちゃんと食べられないだろうし。
創真さんが選ぶような所はきっとコース料理で量も少なめでしょ?
私なりに先を読んで食べておきました」
「……呆れた」
「お腹空くとネガティブになるので」

 ただ彼とのデートならこんな事前準備はしない。
今回は何を言われるのか不安な要素が多い人達との食事だから。
 もう怖い思いはしないと思ってはいるけど。

 車に乗り目的地であるレストランへ到着。富豪である高御堂家のお夕飯と
あればさぞかし高級店なんだろうと思ったら思いの外カジュアルなお店で
 客層もファミリーが多い。

「響子さんはコース料理は好きじゃない。
君と一緒で食べた気がしないそうだから。こういう店を好む」
「美味しそう」
「ほら。後ろが渋滞してる」
「すみませんっ」

 後ろの家族連れに謝ってお店に入る。既に彼らは席についているそうで。
兄弟は容姿が目立つからすぐに見つけられた。響子さんも気取らない、
 けど品のある格好で楽しげに微笑んでいた。

「まずは謝りなさい」
「すみませんでした」
「ごめんなさい」
「もう二度としないでくれたら私はそれで大丈夫です」

 まずはご挨拶をして。着席。

「でもママ」
「私たちにでもはないの。新しいスタートをしたんだから。
2人とも前を向いて行かなきゃ駄目。いい?」
「はぃ」
「はい…」
「ごめんなさいね。私は子どもたちを信じる。貴方も信じて欲しい…。
さ、ここからは楽しい食事会にさせてください」

 堅苦しい話もなくアメリカでの話や新人の私の話し、或いは子どもたちの
話しなど。彼女からの話題は尽きなくて楽しくて。気づけば私も笑っていた。
 もっと奥様然とした怖めな人なのかと思ったのに、素朴でいい人だ。
 
 彼が大事だと思えるのも何となく分かる。かも。
 彼女のような人で血の繋がりが無かったら良かったんだろうな。


「まだ空腹なのかな」
「ううん。お腹いっぱい」

 響子さんたちをホテルまで送ると少し休憩しようとホテル内のカフェへ。
時間帯のせいか人が居なくて私達の貸し切りのようになっていて、
 それでも気を使って奥の窓際の淋しげな席についた。

「どうした?」

 私の手がそっと彼の手を掴んで。でも、それだけで何もしない。

「創真さんが私との事を有耶無耶にしないって言ってくれたのは嬉しい。
けど、やっぱり怖くて。不安で。私が前に貴方に聞きたかった事だけど」
「そうだ。なんだった?」
「何処まで一緒に居られるんだろうって。何れ引き離されるの?」
「君はまだ若い、未来も十分ある。年相応の男も現れるだろう。
一緒に居るうちに魅力を感じなくなる日が来たらその時かな」
「それって貴方にも言えるから。同じでしょ?……若い以外」
「私に意見したいなら顔を見てもっと大きい声で言ってご覧」
「怖い顔してるから遠慮します」

 握り返してくれる手がちょっと痛いです社長。

「私が本気になるほど君が不安を抱くなら……離れようか」

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