僕惚れ①『つべこべ言わずに僕に惚れろよ』
「で、どういうことなの？」

　境内(けいだい)は、生い茂る木立で程よい日陰になっていて、下にいた時よりずいぶん涼しく感じられた。

　石段を登り切ってすぐにある手水場(ちょうずば)のところで立ち止まった葵咲(きさき)ちゃんの手を引いて、僕は社横(やしろよこ)に彼女を誘(いざな)った。いくら無神論者な僕でも、さすがに社(やしろ)の正面で痴話(ちわ)喧嘩(げんか)というのは何となく気が引けたから。

　それでも神様の住まいの高欄(こうらん)に彼女を押し付けるように閉じ込めたのだから、大概罰当たりだろう。

「……別に理由なんか……」

　真っ直ぐに彼女を射すくめる僕の視線から逃れるように、葵咲ちゃんの目線が下がる。

「僕のほうを見て？」

　残念だけど、今の僕は視線ですら逃がしてあげる気はないんだよ。だけど、あえて物理的に手は出したりしない。あくまでもこの場の空気だけで彼女を追い詰めないと意味がないんだ。

「理人(りひと)を避けてるつもりなんて……なかったの」

　あれだけ僕を無視して逃げ回っておきながら、よくそんなことが言える。
　あくまでも白(しら)を切り通すつもりらしい彼女に、僕はちょっとだけ譲歩してあげる。

「そう。じゃあ、僕の勘違いだったんだね？」

　言いながら、あえてニッコリ微笑みかけた。
　その笑顔に、葵咲ちゃんの身体がほんの少し強張ったのを、僕は見逃さなかった。
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