僕惚れ①『つべこべ言わずに僕に惚れろよ』
「おはようございます。あのっ、今日からお世話になります、丸山葵咲(きさき)です」

 ああ、なんてイメージ通りの可愛らしい声をしてるんだろう!!
 それに……今時珍しいくらい礼儀正しい女の子じゃないかっ!

 あまりに好みのど真ん中過ぎて、僕は柄にもなく顔がにやけてしまいそうになる。

 いかん、いかん。落ち着けっ、僕!!

 僕は一瞬だけ下を向くと、(たかぶ)る気持ちと一緒にフッと息を吐き出した。

 そうして顔を上げた時には、にやけ顔なんてどこへやら。至極(しごく)(さわ)やかな笑顔を彼女に向けることができた。

「おはよう、葵咲ちゃん。待たせてしまったみたいでごめんね。僕が今日から葵咲ちゃんと一緒に学校へ行く池本理人(りひと)です。池本さんじゃ何か落ち着かないし、下の名前か……そうだな。もし嫌じゃなければお兄ちゃん、と呼んでくれたら嬉しいな?」

 実は母からの事前の情報で、一人っ子の彼女が、きょうだいに憧れているということはリサーチ済みだった。母から「理人がお兄ちゃんになってあげたら喜ぶんじゃない?」と言われた時は何をバカなことを、と思っていたのだが。
 今はあの時の母さんに、グッジョブ!と心からの称賛を贈りたい。

 突然の僕からの申し出に、葵咲ちゃんの目がみるみるうちにキラキラと輝く。

「お兄ちゃんって呼んでもいいんですか?」

 上目遣いで問いかけられて、誰がダメと言えようか。

 あの日、僕は心の中でガッツポーズをしながらも、顔は平常心を装って、
「もちろんだよ」
 優しく微笑んで彼女の警戒心を解きほぐした。

 こうして、僕に可愛い妹が出来た。

 光源氏計画――幼な子を手懐けて、自分に惚れるように育て上げる――が始動した瞬間だった。
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