僕惚れ①『つべこべ言わずに僕に惚れろよ』
 久々に電話した先で、葵咲(きさき)ちゃんのお母さんは「理人(りひと)くんが一緒なら安心だわ」と、笑った。「こうしてわざわざ連絡もしてくれるし」と。

 僕が、お嬢さんにとって一番のオオカミだなんて微塵も思っていないみたいな口ぶりに、さすがに少し申し訳なく思いながら通話を終えた。


 僕の愛車のNボックスは軽のトールワゴンなので、今どきの軽らしく高さがあって室内が結構広々している。でも普通車に比べると、当たり前だけど幅はそんなにあるわけじゃないし、手狭(てぜま)だ。ともすると助手席に座る葵咲ちゃんの、太腿(ふともも)の上に添えられた手だって、簡単に握れてしまうほどに。

 僕は彼女の自宅に電話をかけた後も――何ならかけている最中だって――ずっとそっぽを向いたままでいた葵咲ちゃんの手を無言で握ると、エンジンをかけた。
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